第62話

まだ少し茫然としたまま服を着て休憩所に出る。すでにタツたちは上がっていた。

「おう、ユリ、遅かったな」

「よく温まったか?」

 ユリの姿を見つけてやってきた二人は怪訝な表情になる。

「どうした?なんかあったか?」

「あ、ううん、ちょっとなんか、ボーっとしちゃって」

「ま、温泉ってなんかちょっと緩んだ感じになるしな。飲み物でも何か飲むといいよ」

 タツの言葉で財布を取りだそうとしたユリの顔色が変わった。

「…ない…」

「何が?」

「お財布…確かに入れといたのに…」

「何い?」

 タクが気色ばんでバックをユリの手から取った。

「あーこりゃ…やられたな」

 見事に財布だけが抜き取られているのを見て、タクがうなる。

「なんだ、盗まれたのか?」

「たぶんな。番台の人が見ていてくれても、目を盗んでやらかす奴はたまにいるから」

「いくら入ってたんだ?」

「二万ラウンくらい…」

「うわ、結構やられたな。まあ、全財産っていうのじゃないだけましか。分けていれてたんだろ?」

 タクが顔をしかめて言うと、ユリは青ざめた顔でうなずいた。

「一応、従業員の人に言っておこう。万一つかまえられることもあるかもしれないから」

 タツがそう言ってユリの肩を抱いて番台に向かった。番台の人も気の毒そうにしつつ、置き引きはなかなかつかまらないという。

「まあ、仕方ないよユリ。気にするな、運が悪かったんだ」

「俺がジュースおごってやるからさ」

 二人は茫然としているユリを口々に慰めた。

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