第61話

「……ここは…」

「あ、気がついた?」

 目を開けると見知らぬ女性が覗きこんでいた。浴場の従業員らしいエプロンをして、愛想のよさそうな黒い瞳が生き生きと動いていた。

「すみません…ご迷惑をおかけして…」

 起き上がろうとして自分がまだ裸であることに気がついて赤面する。素肌の上に大きなタオルをかけてくれていたようだ。

「いいのよ、時々いるの。のぼせちゃったんでしょ」

 慌ててタオルにくるまっていると、女性は笑いながら水を飲ませてくれた。見ると脱衣所の中であり、端に置いてある長椅子の上に寝かされていたようだ。

「あの、さっき助けて下さったのは…」

「ああ、あの人よ。黒くて短い髪の。お礼を言っておくといいかもね」

 従業員の女性が指したのは、奥で服を着ていた若い女性だった。ユリより少し年長なくらいだろう。背が高く、すっきりと整った顔立ちをしていた。

 従業員の女性にお礼を言い、タオルを巻いて立ち上がると、ユリは脱衣所を出ようとしているその女性に声をかけた。


「あの…すみません。さっきは、湯船で助けていただいて…ありがとうございました」

 顔を赤らめて礼を言うと、黒髪の女性は冷笑を浮かべた。

「ああ、気にしないで。のぼせなんてよくあることだし。ま、間抜けではあるけどね。自己管理くらいちゃんとしなさいよ」

 思いがけないほど冷たい言葉にユリの顔がこわばった。女性はそのまま行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る