第60話

二人がのんびり風呂につかっていた頃、ユリは脱衣所で硬直していた。目の前を素っ裸な女の人が何人も堂々と歩きまわっている。子どもはもちろんのこと、若い人も年取った人も、何も気にせずに裸でいるようだ。ユリは見知った少人数でならともかく、見知らぬたくさんの人の前で裸になったことなどなかった。


「タオルも…取んなきゃいけないのかな…」

 壁に書いてある説明書きと絵をもう一度すがるように見る。そこには湯船につかる前に身体を洗うこと、長い髪の毛は結わえること、などと共に、タオルを湯船に入れないこと、という文字もあった。


 意を決してユリは中に入ることにした。必死に胸をタオルで隠して中に入る。そそくさと洗い場の水道に並んで周りに背を向けると少しホッとして髪と身体を洗って髪を結いあげた。そして再び意を決してタオルで胸を隠して浴槽に近づくと、素早くタオルを取って湯につかった。


「なーんも、お嬢さん、そんな恥ずかしがるないんに」

 その様子をずっと見ていたらしいおばさんが笑い声を上げ、ユリは顔を真っ赤に染めた。

「すみません、温泉、初めてなもので…」

「そうかい、お嬢さんは旅の人かい。ゆっくりつかってごらん。気持ちいいから」

「はい…」

 確かに少し熱めのお湯に肩までつかると、身体の芯から温まり気持ちよかった。最初気になった、腐ったようなにおいも次第に気にならなくなった。身体の緊張がほどけ、馬上の旅の疲れが緩んでいくのを感じた。おばさんはそれでよいというように笑顔で頷いて上がっていった。


 初めて感じる気持ちよさに、少しつかり過ぎたのだろう。次第に動悸が激しくなってくることをユリは感じた。このままだと息が苦しくなりそうだ。

「嫌だ、出なきゃ…」

 慌てて立ち上がると、目の前の景色がゆがんだ。

 バシャン。

 突然上がった水しぶきに、周りの人が驚いて振り返る。倒れた拍子にお湯を飲んでしまい息ができずに気が遠のいた時、ユリは誰かの手が自分の体をひっぱりあげるのを感じた。

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