第56話
タクにとっては、長い夜になった。疲れているはずなのに、ユリが心配で寝入ることはできなかった。何も知らずいびきをかいているタツがうらやましいくらいだ。
しかたなく、すぐに熱を帯びてしまう額のタオルを、何度も取り替えて過ごした。注射のせいか、呼吸は少し楽になったようなのが救いだった。
「た…く?」
どのくらい経ったのだろうか。ふと気がつくと、ユリが目を覚ましていた。
「ずっと起きてて…くれたの?」
「具合、どうだ?」
タクがユリの手を握ると、ユリは熱で潤んだ目でほほ笑んだ。
「さっきより…楽になってきた。…夢…見てた。海の夢…」
「そうか」
「子供の頃も…手術の後ね、私高熱出して、一週間も意識が戻らなかったらしくて…その間、ずっと夢を見ていたの。…怖い夢…。真っ暗な…夜の海の中で、波にのまれそうになっているの。苦しくて苦しくて…、必死で手を伸ばすんだけど、どんどん波がかぶさって…息ができなくなって…、そのときお母さんがね、波にのまれて…沈んでいくのが見えたの」
「……」
「私すごい悲しくて…心細くて…、もういいや、お母さんと一緒に…いきたいっていう気持ちになったの。そのときね、声が…聞こえたの。最初にアリスの声。次にタクの声。あとタツ兄と…、父さんや母さんの、みんなの声。…あきらめちゃだめだ、がんばれって。それでね、なんとか…力を振り絞って、泳いで、泳いで…そしたら、最後に光が見えた。そこで目が覚めたの」
タクはそっとユリの髪をなでた。
「がんばったんだな、ユリ」
頷いたユリの眼から、涙がこぼれおちた。
「ありがとう…タク、探しに来てくれて。今日も…そばに、いてくれて」
「当たり前だろ」
タクが頭をなで続けていると、ユリは安心したように再び目を閉じた。熱も少し、下がってきたようだった。
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