第45話
タツとの待ち合わせは夕刻だった。今からでも合流するため探すこともできたが、タクは一度宿に戻ることを選んだ。昨日の反省から動きすぎない方がよいと思ったのだ。
「じゃあ私、報告書をまとめているね」
そう言ってユリが部屋に引っ込んでしまったので、タクは手持無沙汰になってしまった。
「それじゃ、俺ちょっと出てくるわ。夕方には戻るから」
タクはそう声をかけると、返事を待たずに外に出た。
ロンデルトの町並みは、これまで見たどの町よりも活気があって華やかだ。整然としているとは言い難いが、人の営みのエネルギーのようなものが感じられるところだった。そこここで煙が出ているのは、機械を蒸気機関というもので動かしているからだろう。そうした光景を眺めながら散歩するのは悪くなかった。
「あら、お客さん、寄っていかないかい」
ぶらぶらと歩いていると、裏通りに近い街角に立っていた女に声をかけられた。紫色のベールをかぶっていて、明らかに普通じゃない。
タクが無視して歩くと、女は追ってきた。
「あなた、なんか悩みでもあるんじゃないの?私は占い師なのよ。占ってあげるわよ」
「ああ?占い?」
うるさそうに振り返ったタクの眼を、女の眼がぴたりととらえる。意外に若い女だった。
「そうよ。悩んだ時には人や神の意見を聞くのもよいものよ」
「くだらないな」
「そうかしら?それにしては一人では背負い難い苦悩があるという顔をしてるけれど。あの女の子のせいかしら?」
スッとタクの眼が険しくなった。この女、ユリと歩いていたことを知っている。
「何のことだ」
「あら嫌だ、そんな怖い顔しないで」
女は流し眼を使ってきたが、無視した。
「お代はいらないわ。ちょっとあなたの運命を占わせて。あなたかわいいもの。放っておけないの」
再び女にぴたりと目をとらえられる。なぜか、目が離せなかった。
結局、タクは占い師の店に入らざるをえなくなってしまった。店といってもかなり狭い、薄暗い部屋だ。香でも焚いているのか、甘ったるいにおいもした。
嫌悪感。なのに、なぜか逆らえない。
占いはカードで行うらしい。タクを座らせて女はゆっくりとカードをめくった。
「魔術師」
女はおごそかな音色で告げた。
「意味は色々あるけれど、物事のはじまり」
「まあ、旅が始まったばかりだからな。順当な線か」
「ただもう一枚が問題ね。塔のカード」
「意味は?」
「崩壊、災害、悲劇」
「……」
「始まったものがいい方向に進むとは限らないということね」
「それで?俺にどうしろと?」
「私はただ占っただけよ。指示は与えられない」
「なんだよそれ。意味ないじゃないか」
「私に言えるのは、せいぜい気をつけなさいということね」
「チェッ、時間の無駄だった」
タクは舌打ちして立ち上がる。あの妙な呪縛のようなものは消えていた。戸口から出ていこうとして、ふと振り返る。
「最後のカードは?」
「え?」
「もう一枚めくっただろ」
「あら、意外に目ざといわね」
女の目が笑う。
「運命の輪。意味は転換点、定められた運命。好むと好まざるにかかわらず、もう運命の輪は回り始めてしまった。そしてあなたはそれを選んだんだわ」
「何を言ってるんだ?」
「あなたに幸福な運命がもたらされますように」
女は謎めいたほほ笑みを浮かべた。何かがまとわりついてくるようなものを感じ、タクは足早に店を出た。
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