第42話

「ミサ、アスクラピアのお医者さんが来て下さったぞ」

 宿の主人が声をかけると、伏せっていた女性が目を開けた。三十代くらいだろうか。美人な人なのだろうが、熱が高いのかむくんだ顔をしていた。

「はじめまして、医師のユリと申します。少し失礼しますね」

 白衣をはおったユリは優しく声をかけ、てきぱきと診察を始めた。脈、血圧、熱をチェックし、時々ミサや診療所の医師に質問している。

 さらに何か長いひものようなものを取り出した。

「タクはちょっと外に出ていてもらえる?できればご主人も」

 さらにそう言ってタクと宿の主人を退出させた。

「何をするつもりなんだ?」

 思わずタクがつぶやくと、宿の主人が意外そうな声をあげた。

「おや、君は知らないのかい?あれは聴診器だよ。胸の音を聞くんだ」

「へえ、そうなんですか」

「へえって、君たち一緒に旅をしているんだろう?兄弟…にしては似ていないが、少なくとも恋人とか友達とか、親しい関係なんじゃないのか?」

「ええまあ、兄弟みたいに育った仲ですが、旅を始めたのは最近なんです。仕事のことはあまり知らなくて」

 そうタクが言うと、宿の主人はまだ不審そうな顔をしながらも頷いた。

「君はそれじゃあ、アスクラピアの医者のすごさもよく知らないんだな。全てを治せるわけじゃなくても、他の国の医師よりもずっと高い技術を持っているんだよ。アスクラピアは医療を国の産業としているから、その技術や薬剤が不用意に外に漏れるのを嫌うんだ。悪用される可能性もないとはいえないしね。だからアスクラピア出身の医師というのは他の国には少数だし、こうして出会えるのは稀有なことなんだ」

「そうなんですか」

「呑気にしているようだけど、気をつけた方がいいよ。私もついつい妹が心配で頼んでしまったが、アスクラピアの医者だと知ったらみんな診てもらいたがるし、雇いたがる金持ちは多いだろう。中には力づくでも囲い込もうとする輩がいないとも限らない。あまり大っぴらにしない方がいいだろうな」

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