第40話

「大丈夫、大丈夫ばっかり言いやがってなぁ」

 タクがぼそりとつぶやいた。

「あんまり昔と変わってないな」

 タツも苦笑している。

「でもアリスの言うとおりだったな。疲れると熱が出るってやつ」

「ああ」

 二人とも思案気な顔になっていた。ユリの体調の悪さを目の当たりにすると、不安がこみ上げる。

 結局、二人はユリのそばを離れて外出する気になれず、宿の食堂で食べ物を買い、部屋で食べようということになった。


 宿の主人に事情を説明すると、快くパンやスープを盆に載せてくれた。

「医者はほんとに呼ばなくてもいいのかい?」

 人のよさそうな顔をした主人はまだ心配そうにしていた。

「ええ、ご心配ありがとうございます。実は、彼女自身医者なもんですから」

 タツが言うと、主人が目を丸くした。

「え、あんな若さで?もう医者だっていうのかい?しかも女の子じゃないか」

「ええ、アスクラピアの…」

「アスクラピアの医者だって?そりゃあすごい!」

 主人は素っ頓狂な声をあげた。

「え、それじゃあ、ロンデルトの医者よりも技術あるんだよな?」

「さあ、俺にはちょっと詳しいことは…」

「実はさ、それなら、頼みたいことがあるんだけど」

 主人は急に体を近づけてきて声をひそめる。

「俺の妹、今病気で診療所にいるんだけど、あんまり具合が良くないんだよ。ちょっと、診てやってもらえるかな?」

「うーんでも、今はユリ自身具合が悪いので…」

 タツがやんわりと断ろうとすると、宿の主人は必死になって手を取った。

「いや、もちろん、彼女の具合がよくなってからでいいんだ!君たちしばらくここに滞在するんだろ?ちょっとでいいから、な?」

 その必死さに、タツも断り切れない。

「とりあえず、彼女の体調が戻ったら、聞いてみます」

 それだけ答えて逃げだした。主人が持たせたお盆には、注文していない肉もいつのまにか追加されていた。

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