第24話

「客?俺たちに?」

 次の日の午後、宿で休んでいたタクとタツの元に、主人が客が来たと呼びにやってきた。ユリは今日も仕事のはずである。訝しがる二人が玄関に向かうと、金髪の少女がいた。

「え…あ、アリスさん?」

「どうも」

 アリスはぶすっとした顔で立っていた。

「ちょっと、時間もらえるかしら?」

「あ、はい…」

 すっかり迫力負けして、二人は従うしかなかった。


 午後のコーヒーショップは和やかな空気に満ちていた。その中で、タクたちのテーブルだけが微妙な緊迫感をはらんでいた。

「それで、あの…」

「まあね、本当は私が出る幕じゃないんでしょうけれど」

 こわごわ口を開いたタクの話を遮るかのように、アリスは深いため息をついた。

「あの子は突っ走るとあまりちゃんと自分のことを考えないから、心配なのよ。あなたたちは、気楽に誘いに来たんでしょうけど、幼馴染っていっても、どのくらいあの子のことを知っているの?あの子の体のことはどのくらい理解している?」

「どのくらいっていうか…。ユリは生まれつきあまり丈夫じゃなかったし、六歳で里を出ることになったのは、突然倒れて死にかけたことがあったからで…。もう里にいては治せないって聞かされたんだ。でも今じゃ元気そうにしているし、ユリももう治療を受けて大丈夫だって…」

 タツの話を聞いて、アリスはまた深いため息をついた。

「やっぱり、ほとんど何も理解してないじゃない。ユリの病気は今は確かに落ち着いているけれど、完全に治ったとは言えないのよ」

「どういうことだ?」

 タクの表情が厳しくなった。

「厳密にいえば、どの段階で完全に治ったとみなしていいのかわからないということでもあるのだけれど。私も含めて、特別奨学患者っていうのは、治療法がわからない難病の患者を集めて研究することが目的とされているの。だからこそ色々な新しい治療法を受けることができるのだけど、逆にいえば実験台ね。運よく私とユリは生き残ってきたけれど、死んでいった子はいっぱいいる」

「それは…聞いてるけれど…」

「そしてね。一度治ったと思っても、いつ再発するかはわからないのよ。自分自身が第一号被験者なんだから、治療の予後は常に不明。すっかり治ったと思っていた子が、何年か後に突然再発して死んだこともあったの」

「そんな…」

 タツは背筋を伸ばし、アリスに真正面から向き直った。

「アリスさん。ユリの病気はどういうものだったんだ?里では医者がいなかったから、よくわからなかったんだ」

 アリスはちょっとタツの眼を見てから、視線を落とした。

「…心臓病」

「心臓…」

 二人の頭に、タクの腕の中に崩れ落ちたあの日のユリの姿が浮かんだ。

「たぶん生まれつきだろうとは言われていたんだけど、心臓に異常があってね。アスクラピアに運ばれてきたときには、もう心臓が弱ってしまっていて、うまく働かなくなる症状も出ていたの。生きてアスクラピアまでたどり着いたのが奇跡だったって言われたくらい…。はっきり言って、あの時点では一番に死にそうだったわね」

「そ、そんなにひどかったのか?」

 タクらの表情は引きつっていた。

「そうよ。移送中も何度も発作を起こしていたらしくて、すごく弱っていて…。アスクラピアについてからもなかなか危険な状態は抜けられなくて、手術を受けることになったの。あの時たまたま今じゃ伝説になってる天才外科医がいたからなんとか一命は取り留めたんだけど、あれから十年経っても、同じ手術の成功例はユリを含めてその医師がやった二例だけ」

「そんなに!?」

「だって心臓にメスを入れるのってすごく危険なことなのよ。一度心臓の動きを止めないといけないから時間も限られるし、出血量も多いし、その後も失敗例が多くて今は心臓の手術はされていないの。ユリだって手術の後何日も死線をさまよってなかなか意識が戻らなかったし…」

「……」

「しかも同じ手術を受けたあとの一人は去年再発して亡くなっているの。そもそも病気の原因はわかっていないから、何が再発の要因になっているのかもわからないんだけれど…それでやけになっているところもあるのよ、あの子」

 アリスの話に、二人の表情はどんどん暗くなっていった。

「ここ数年は落ち着いているとは言ったって、身体も完全に普通の人と同じとはいかない。激しい運動はできないし、疲れやすいし、疲れるとすぐに熱出るし…。この前は久しぶりに軽い発作も起こしたのよ。仕事の量もね、過労にならないよう、普通の医師よりもかなり制限されているの。あの子は頭がいいから、長期の治療で遅れてもすぐに追いついてきて医者になれたけれど。本当は外科みたいに体力いるところより、内科にいた方がいいの。その辺は頑固な子だから、内科から派遣の兼務ってことで外科にも籍は置いてる」

「……」

「だからね、わかるでしょう?旅になんて出して、無理させたくないの」

「……」

すっかり黙ってしまった二人に、アリスは静かに話を続けた。アリスの青い目は、うっすらと濡れているようだった。

「あなたたちに会えて、ユリはほんとにうれしそうだった。だから、一緒に行きたいと思う気持ちは私にもわかるの。でもだからといって、旅に送り出そうとも思えないの。あの子の体が耐えられるとは思えないのよ。もし本格的に再発でもしたら、ほんとにどうなるか…もう後はないのよ」

 首を振って顔を伏せたアリスを、二人は黙って見つめた。

「だからお願い。あの子を…連れていかないで…」

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