第23話
あまりの剣幕に、二人は沈黙した。店中がざわめいてタクらのテーブルに注目していた。
「ア…アリス、ちょっと落ち着いてよ」
ユリだけが疲れた顔でアリスをなだめにかかる。
「もう、あんたもちゃんと自分で言いなさいよ!」
「自分でって、その隙も与えなかったのは誰よ…。まあ、落ち着きなさいって。驚いているじゃないの」
ため息とともにユリが口をはさむ。
「だってあんた、幼馴染に会えたのがうれしいのはわかるけど、旅に出ようと思うなんて言われたら、正気を疑うわよ?」
「…つまり、ユリは旅に出ようという気があるってことなのか?」
タクが思わず口を出し、またアリスに睨まれた。ユリがまたため息をつく。
「それは、私は行きたいと思っているの。ただ、アリスの言うように、色々問題があるのも事実なの」
「そうか…」
タクが肩を落とした。
「でもちょっと、上に掛けあってみようと思って。国外に医師を出す制度もあるのよ、実は。今日調べてわかったんだけど」
「ユリ?あんた…」
「アリスも聞いたことはあるでしょう?海外派遣制度。まあ、海外協力の一環っていうか、医師を世界に出して武者修行させよう、ついでにアスクラピアの知名度も上げよう、みたいなこともね、行われているの。ちゃんと制度として」
「そんなのがあるのか?」
「うん。特別奨学患者が行った例はないから、許可が出るかどうかはわからないけど、私ももう研修医じゃないし、制度上は資格あるのよ。薬草学にも興味あるし、この辺じゃ見られない薬草もあるし、薬草研究と地域医療の実態調査を主目的に企画書書いてみる」
「ちょっとユリ、あんたどうしちゃったの?今の仕事はどうする気?」
「そりゃ、迷惑はかかるけど、外科は回転早いし、ちょうどあと三日で今の担当患者さん退院するから、たまっている休暇をまとめてとるわ。それに、私たちの代えなんていくらでもいるのよ」
「そんなこと言って…あなたらしくもない」
アリスは怒りを通り越してうろたえていた。
「お願いアリス。私、小さい時いた村とこの国しか知らないのよ。違う世界も見てみたいの」
「そんなこと言って…もしも途中で体調悪くなったら、どうするつもりなのよ。薬だって国外じゃ手に入らないのよ。再発なんてしたら取り返しつかないじゃない!」
「うん、だから、タウベを借りる許可も取るつもり」
「タウベってなんだ?」
ようやくタクが口をはさんだ。
「伝書鳩の改良版っていうのかな。普通の伝書鳩は帰ることしかできないけど、これは目印の発信機を持っていたらどんなに遠くてもその場所にやってきてくれるの。大型だから、薬とかも運んでもらえるし、海外派遣のときはよく使われているの」
「へーすごい、便利なもんがあるんだな。さすがアスクラピア」
のんきに感心したタクは、またアリスに睨まれた。
「あんたって子は…全く、おとなしいくせにいざとなると妙に大胆で頭が回るんだから…」
今度はアリスの方がため息をついている。
「だてに成績トップで通していないでしょう?」
「もう…何言ってんのよ…」
アリスが額に手を当てている。
「とにかく…私は反対だからね。ユリは渡さないから!」
捨て台詞を残して、アリスは店を出て行った。駆けだすかと思ったが、足を少し引きずっていて、精いっぱいの早足だ。
「ちょっと、アリス!…もー、ごめんね、二人とも」
ユリが呆れ顔で頭を下げる。
「いや、ユリが謝ることないって。…まあ、びっくりしたけどさ」
タツがひきつった顔でフォローを入れる。
「アリスは直情型だから、なんていうか頭に血が上っちゃうと止まらないのよね。私のこと、心配して言ってくれてるんだけど」
「うん、それは、わかるよ。いい友達だな」
タツが言うと、ユリはほほ笑んだ。
「うん。…ここにきて、初めての友達。ずっと、一番のね。こちらの国のことは何も知らないし、病気はなかなか良くならないし、不安で泣いてばかりいたときにいつも励ましてくれたの」
「そうか…」
「アリスは私が説得してみるから…。あと、上の人の許可取るのにちょっと手間取るかもしれないの。タツ兄たちの滞在期限に間に合うか、微妙なところなんだけど…」
「来てくれるつもりなんだな?」
タクは満面の笑顔だ。ユリはその笑顔をまぶしそうにみて、頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます