第20話
「…ごめん。ありがと」
ひとしきり泣いて、ユリが涙をぬぐう。
「いいってことさ。久しぶりだな、ユリが泣くの見るの」
「昔もよくタツ兄が慰めてくれたよね」
涙目で笑うユリの頭を、タツは大きな手でわしわしと撫でる。
「そうだ、よくタクにからかわれて泣いてたもんな」
「あっ人聞き悪いな、タツ。俺は別にいじめようとしたわけじゃないぞ?」
「お前の好意は空回りしすぎなんだよ」
「フフッ、変わっていないね。なんか懐かしいな」
タクとタツが言い争うのを見て、ユリが笑う。
「タクとタツ兄だけでも無事で、よかった」
その笑顔を見て、二人の顔も緩む。
「さ、食おうぜ」
タツが促して、みんなフォークを取った。
「それで、タクとタツ兄はその後どうしていたの?まだ十二歳だったんでしょ」
もぐもぐと咀嚼しながらユリが問う。
「最初の半年はリュウじいについて行商して、その後はリュウじいの紹介で、ダリアのそばにあるバルトの軍隊に見習いで入ったんだ。そのまま軍人になった」
「へえ、軍人?なんか意外だな」
「身寄りのない子どもが生きてくには一番手っ取り早いからな」
「じゃあ、戦争にも行ったの?」
「まあな。実践に出たのは十五で成人してからだけど、ダリア戦線には何度か」
「そっか。大変だったでしょう?」
「まあな、戦場だから、いろいろあったさ」
タツは苦笑する。
「でもよくアスクラピアまで来られたね?かなり時間かかったでしょう。休暇をもらったの?」
「いや、やめてきた」
「え?」
あっさりと言い放ったタツに、ユリは食事の手を止める。
「成人後二年間従軍したら、それまで養ってもらった義務は果たせたんだ。だから、やめて旅に出ることにしたんだよ」
「旅に…って、どうして?」
「リュウじいがさ、来たんだ。俺たちが十七歳になった時に。それで聞いたんだ。俺たちの里とゆかりのある人たちが、まあ同じように迫害された人たちだけど、生き残っていて結集しているんだそうだ。だから、それに合流しようと思って」
「里とゆかりのある人って…?里の人、ではなくて?」
「ああ。ロンデルトの方にも、俺たちと同じようなタイプの人間がいるらしい」
「同じタイプの人間?どういうこと?」
問われて、タツは声をひそめた。
「そっか、ユリは知らないんだったな。…ナトの里の人間はさ、ある種の超能力みたいなものが使えたんだ」
「…超能力?」
「俺たちは単にパワーって呼んでいた。今の世の中じゃ“非科学的”って言われて迫害されるから、俺たちも隠してきたけど」
「…タツ兄も、タクも、超能力が使えるの?…もしかして、父さんも母さんも使えたの?」
ポカンとユリが口を開けた。
「学校に上がる前の子どもにはあまり知らされないからな。学校で訓練されるんだ。ユリはその前にアスクラピアに来たから」
「…知らなかった、そんなこと」
茫然とユリはつぶやく。
「それじゃあ、タツ兄とタクはこれからその人たちに会いにいくの?その途中に寄ってくれたってこと?」
「そうなんだけど、その…」
そこでタツは少し口ごもった。そこにタクの声が割って入った。
「なあ、ユリ。ユリも一緒に行かないか?」
「え?…私も?」
「うん。リュウじいは、ユリにも関係あることだって言っていた。あまり詳しく教えてくれなかったけれど、ユリが鍵になるから一緒に行った方がいいって」
「でも私、そんな超能力なんてないし、それに…里の一族とも…」
「うん、ユリが里の一族と違うってことは俺たちも知ってる。でもリュウじいが言うからには、何か意味があるんだと思う」
「…旅って、どこに…?どのくらい…?」
「…わからない。まずはロンデルトに行って仲間を探すつもりでいるけど。何日かかるかはまだわからないし、もっといろんな国をまたぐことになるかもしれない」
「私…あの…」
ユリの表情がみるみる曇った。それを見たタツが言葉をはさむ。
「ユリにはさ、大事な仕事もあるし、こっちでの生活もあるだろう。だから無理にとは言わない。でもさ、せっかく会えたから、一緒に過ごしたいっていう思いは俺もタクも捨てきれなかったんだ。無理な話だってことはわかってるんだけど、考えてみてほしい」
「…タツ兄」
「俺たち、アスクラピアには七日間しか滞在許可出なかったんだ。もう二日経ってしまったから、残りはあと五日だ。それまでの間に、返事をくれないか」
「…うん、わかった」
「ユリが望むならさ、もっと詳しいことも話すよ。ただ、今日はもう遅いから、帰った方がいいんじゃないか?明日も会えるんだろう」
「あ…うん、そうだね」
ユリが時計を見てうろたえる。話がはずむうちに、もう十時近くなっていた。
「それじゃあ、また明日会おうよ。宿は決まっているの?」
「うん。今日一緒に病院までついて来てくれた人の宿に泊ってるんだ。サン通りの」
「ああ、あそこね。それじゃあ、明日はちょっと遅くなるかもしれないけど、たぶん七時くらいには出られると思うから、また一緒に夕食を食べましょう」
「うん。それじゃ、寮まで送ってくよ」
「ありがとう」
名残惜しさを立ち上がって、三人は出口に向かった。
「…っ」
「ユリ?」
タクが振り返ると、ユリが壁に手をついていた。
「どうした?」
タクは慌てて駆け寄った。タツは先に会計に行っていた。
「…なんでもない。ちょっと、立ちくらみしただけ」
顔をあげたユリは、いつものようににっこりと笑っていた。
「大丈夫か?仕事、きつかったのか?」
「平気。もう、相変わらず心配性だな、タクは」
そういって笑うユリの笑顔が明るかったので、タクも安心して笑った。
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