第19話

「なんだ、もう見つかったのかい。よかったね」

 テッドがのんびりとした声をあげる。

「あ、ありがとうございました。すごい、偶然…。でも、忙しいみたいですね」

 タツが苦笑いすると、テッドが笑った。

「そりゃあそうだよ、外科医っていうのは忙しいもんだ。すぐに見つかっただけ、ラッキーじゃないか」

「ええ」

「ま、それじゃ、夕方まで町の見物でもして待つんだな」

 そうして、安心したタクたちは町を見物して夕方を待ったのだった。


「いやあ、ほんとにびっくりした。タツ兄たちがいきなり来るなんて」

 夕方、仕事から解放されたユリと合流し、タクたちは町の料理屋にいた。夕飯時の料理屋は、人でごった返していた。

「いや、ユリが元気そうでよかったよ、ほんとに」

 タツが目を細めてユリの頭をなでる。白衣を脱いで髪を下ろした姿は、昔のユリに少し近くなっていた。

「もー、タツ兄、私もう十六歳だよ?いつまでも子どもじゃないんだから」

 そう言いつつも、ユリはうれしそうだ。

「だって心配したんだぞ、俺たちだって。連絡だって、そうそう取れなかったしさ」

「…そうだね。タツ兄たちには、いっぱい心配かけちゃったもんね」

 ユリがそう言って目を落とした。

「病気はもう大丈夫なのか?」

「うん、手術とか受けて、今は元気にしてる。ここ数年は、発作もあんまり起きてないし。まあ、スポーツとかは普通の人のようにはいかないけど、普通の生活する分には問題ないくらい」

「そうか、よかったな、がんばったんだな」

 タツの言葉に、ユリの眼がうるんだ。

「でもすごいな、もう医者になってるだなんて。普通は医者になれるの、早くても二十歳くらいなんだろう?」

 タクが言うと、ユリは苦笑した。

「だってすごいスパルタ教育なんだもの。治療を受けるだけじゃなくて、自分でも注射とかガンガンやらされるのよ、子どものころから。私なんて六歳から十年もやっているから、すでに注射はベテランの域よ」

「すげーな、怖いよな、あれ…」

 タクが引くと、ユリは深いため息をついた。

「里に注射なんてなかったし、初めて見るものばっかりで、ほんと怖かった。解剖とか手術とかも子どものころから立ちあわされたし…」

「それ、やりすぎじゃねえの?」

「まあ、でもそういう教育方針だったんでしょうねぇ。おかげで医者になれたのも事実だし。人間恐ろしいもので、慣れるのは慣れちゃうのよねぇ、だんだんと。今じゃ手術の後で焼き肉食べられるもの」

「……」

 絶句している二人を見て、ユリが手を止める。

「あ、引いたでしょ?今」

「いや…強くなったもんだな、ユリ…」

 タツがひきつった笑みを返した。

「ところで二人はどうしていたの?私だって…心配してたんだよ。特別奨学患者は治療が終わるまで基本故郷と連絡とれないし…その間に、里のあたりの山中で、村がどんどん滅ぼされているっていう噂も伝わってきたし…医者になってから許されて旅の人に託して手紙を出してみたのだけど、全然返事来なくて着いたかもわからないし。タツ兄たちはこれまでどうしていたの?母さんたちはどうしているの?」

 そう問われて、二人はそろって下を向いた。

「タク?タツ兄?」

「ナトの里はさ、五年前に滅んだんだ。…異端狩りの焼き討ちにあって…」

「……!」

 ユリが大きな目を見張った。

「父さんも母さんも、…里の人たちみんなも、その時死んだんだ。俺とタクが、たまたま十二歳になったからって、初めてリュウじいに隣町に連れて行ってもらった日だった。ひどいもんだったよ。あのあたりの山一つ、丸ごと焼かれたんだ」

「そんな…まさか…」

 ユリの目は見開かれたままだ。

「ユリがアスクラピアに行った後さ、ダリアの皇帝が、近代科学にそぐわないものを“異端”として弾圧したんだよ。国内だけじゃなくて、その周辺の国々や地域までも。領土を広げようとしたのもあるんだと思う。でもさ、昔ながらの豊作祈願の祭祀を行う村まで滅ぼしたんだから…ひどいもんだよな。ナトの里だけじゃなくて、あのあたりはいくつも里や村がほろんだ。ほんと…ひどいもんだったよ」

「…っ…ごめんなさい、私…知らないまま、ずっと…」

 ユリの眼から涙がこぼれおちた。

「ユリ、泣くな。しかたないよ。アスクラピアはこんなに遠いんだから、知らなくて当たり前だ。ナトの里はあまり世間に知られていなかったから、こっちにいたら情報なんて手に入らないよ」

「それじゃあ、母さんや…父さんは…もういないの?薬師のおばあさんも…それから…」

 その後は、もう言葉にならなかった。

「ユリ」

 タツがユリの頭を抱く。

「悪い。黙ってようかとも思っていたんだけど、やっぱり隠せなかった。でも父さんも母さんも、ユリが元気で生き延びていたことは、きっと喜んでるよ。医者になってがんばってるのも、誇りに思うと思うよ」

 タツの胸にしがみついて、しばらくユリは声を殺して泣いていた。店員が何事かとこちらをうかがっていたが、タツが大きな背中で隠して寄せ付けなかった。

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