第15話
結局、タクたちはそのおばさんの宿に泊まることになった。見るからに安宿だが、気配りは行き届いているので居心地は悪くない。宿代替わりに、まだ換金していない、この辺では珍しい異国の置物を出すと、主人はそれをえらく気に入って親切にしてくれた。
「しかし難儀なもんだねえ。名前と髪の色しかわからないで医者探しだなんて。他の町なら簡単に見つかりそうだけど、なんたってここは医者だらけだからね」
夕食のスープを盛りつけながら、おかみさんが同情してくれた。
「いやあ、まさかこんなに大変だとは正直思いませんでしたよ」
「そうだよねぇ。よそから来た人は、注射もしたことないんだって?私らは予防接種ってのをされるけど」
「なんですかそれ?」
「病気になる前に、そうならないようにする注射を打つんだよ。この国は病気の人と接することが多いから、市民は全員それを受けることになってるのさ」
「へえー!健康な人にも注射をするんですか。僕らも初めて注射器を見たんで、血を抜かれるときはすごい怖かったです」
「だろうだろう」
おかみさんは笑ってタツの肩をバンバンと叩いた。
「しかし、若い美人の女医さんなんだったら、噂になってもよさそうだよなぁ。明日仲間にも聞いといてやるよ」
宿の主人が気のいい声を出す。
「あっそれは助かります!ありがとうございます!」
タクの顔がぱっと明るくなった。
「それにしてもその探してる子はどうやってアスクラピアに来たんだい?君らと同じくそんな遠いとこから来て医者になるなんて、大変なことだろう」
「なんですかあの、特別奨学患者っていうやつになったんです」
「なんだって?特別奨学患者だって?」
おかみさんと主人がそろって素っ頓狂な声を出した。
「なんだ、それを早くいいなよ。そりゃすごいエリートっつうのかなんというのか、文字通り特別じゃないか。その子はいつ来たんだい」
「もう十年になります」
「それじゃ、初代じゃないか!うわー、すごいね」
「そんなすごいものなんですか?」
「そりゃそうだよ。世界中から医者にするために病気の子どもを集めるなんて、私たちでさえびっくりしたもの。今は三年に一度、百人くらい集めてるっていうけど、最初の年はもっと少なかったんじゃないかな」
「たしか、今残っているのは十五人くらいじゃなかったか?」
「そうそう。国が異国の子に金出して治療して教育までするのかって、結構批判もあったし、実験的試みだったからね。亡くなった子も多かったから一回中止にもなったんだけどさ。一期生が優秀だったからまた再開されたそうだよ。そうか、一期生ならもう医者として働いてるだろうね。特別奨学患者は医者の中でも特に英才教育されたエリートで、各分野のエキスパートになっているっていうよ。たぶん、国立の医療センターにいるよ」
「そうなんですか!それじゃ、明日にでも見つかりそうです」
「やったな、タツ!」
嬉しそうにしている二人を見て、おかみさんと主人は顔を見合わせる。
「でもねぇ、その、水を差すようなんだけど、その子が生きてるって手がかりみたいなのは、もってるの?十年も会っていないようだけど」
「いえ、俺らもいろいろあって、連絡は取れてないですけど…」
「特別奨学患者はもともと重病の子が集められたから、途中で治らずに亡くなった子も多かったんだよ。アスクラピアにつく前に亡くなった子もいたというし。今活躍しているのは十五人だけど、最初に集まってきたのは五十人くらいいたって聞いた」
一気に二人の顔が凍りつく。
「よその人はここに来たらなんでも治してもらえるって思っているみたいだけど、ここの医術でも治らない病気はいっぱいあるんだよ。親にも会えないで死んだ子はかわいそうだったけれど、それでも多少は長生きできた子もいたんじゃないかな」
「ちょっと、あんた」
悲観的なことをいう主人をおかみさんがどつく。
「いやまあ、もしかしたら活躍している十五人の一人になってるかもしれないし。まだわからないよ。明日、行ってみたらどうだい。ほらテッド、あんたも一緒に行ってやんなよ」
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