第8話

「ユリ」

「タク」

 タクが声をかけると、布団にくるまっていたユリが顔を上げた。

「大丈夫か、ユリ」

「ん…」

 もぞもぞと起き上がってきたユリを抱き起こしてやる。ここ数日で、ただでさえ小さな体がさらに細くなったようだった。

「タク、聞いたんだね」

「…うん」

 ふいに、ユリの目に涙が盛り上がってきた。

「…行きたくない…行きたくないよ、タク」

「ユリ…」

「どこにも行きたくなんて…ないのに…」

 声を殺して泣くユリをタクはなすすべもなく抱きしめた。

「泣くな、ユリ」

 そう言いながら、タクの目にも涙が浮かんでいる。

「俺だって行ってほしくないけど…でも、ユリには生きていてほしい」

 タクの言葉に、ユリの嗚咽が止まる。

「ユリ、生きろ。元気になって、帰ってこい、この里に」

「…タク…」

「俺、待ってるから。ユリ、帰ってきたら、俺のとこに嫁に来い」

 腕に力がこもった。美しい瞳をもつ、小さな妹。

「うん…約束だよ、タク。ほんとにユリをお嫁さんにしてね」

「ああ。約束だ」

見よう見まねで不器用に重ねた唇は涙の味がした。ユリはきょとんとした顔をしている。

「ユリ、手を出せ」

 差し出された小さな白い指に、タクはシロツメクサを巻いて結んだ。

「結婚指輪のかわり」

タクの言葉にようやくユリが笑った。指切りげんまん、涙が浮かんだままの、夜空の色の瞳で。

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