第6話

その夜、ダイ夫婦は夜更けまで話し合った。そして、ついにユリを手放すことを決意したのであった。

「ええっ、嫌だよ、ユリはここにいたいよ。母さんと父さんと兄さんたちと一緒にいたいよぅ」

 次の日、話を聞かされたユリは、泣き顔になっていった。幼い娘に異国へ行けというのだから、当然のことだ。

「ユリ、よくお聞きなさい。昨日はユリだってとっても苦しかっただろう。ユリはお前のお母さんと同じ病気みたいなんだよ。このまま里にいたのでは、その病気を治すことができないんだ」

 ダイは小さな娘を抱きしめながら、ゆっくりと言い聞かせた。

 ユリの大きな目に、みるみる大粒の涙が浮かぶ。

「ユリはそれでも…ここにいたい…。ユリがここにいたら…メイワクがかかるの?」

「ユリ」

 言い聞かせるダイの目にも、同じくらいにつらそうな色が浮かんでいた。

「父さんも母さんも、ほんとはお前をそんな遠くにやりたくなんてないんだ。ずっとそばにいたいんだ。でもな、お前がこのまま死んでしまうのは、もっと嫌なんだよ」

 おかみさんはすでに涙で言葉も出ない。

「ユリちゃん、町まではおじさんが一緒に行ってあげるから、怖くないよ。大丈夫」

 リュウが言葉を添えた。

「アスクラピアは遠いけれど、病気を治してもらえるんだ。元気になったら、またなんだってできるようになるんだよ」

「…おじちゃん。もしもそこに行ったら…いつ帰ってこれるの?」

 涙目のままでユリが尋ねる。

「それは…そうだな。元気になって…お医者さんになる勉強が終わったらだな」

 とたんにリュウは口ごもった。医者になるまでには、十年はかかる。六歳の子どもにとって、それはとんでもなく長い時間なのだった。

「でもな、ユリちゃん。もしもユリちゃんがお医者さんになって戻ってきたら、里のみんなもきっと助かるよ。喜んでくれるよ」

 リュウが猫なで声を出した。

「ほんとう?」

「本当だとも。とっても助かるさ。この里には医者がいないんだもの」

 ぽろぽろと涙を流しながら、ユリは黙っていた。リュウにはわかっていたのだ。この聡い子どもが何を考えるのか。たったの六歳だけれど、ユリは自分のわがままや、不安を言うよりも、周りの大人に気を使う子どもだったのだ。

「な、おじちゃんと一緒に行こう」

「……うん」

 長い長い沈黙の後、ついにユリはうなずいたのだった。

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