第4話
「おい、ユリ、寝てるのか?」
「あー、タク、何持ってるのぉ」
目覚めていたユリが、寝床に忍び込んできた少年を見て体を起こす。
「赤スグリの実をとってきたんだよ、ほら」
「わー!きれい!」
ユリが少年の手の中を見て声を上げた。
「いいなぁ、どこにあったの?ユリも行きたい!」
「森の中。でもおまえ、かあさんに寝とけって言われてるんだろう」
「でももうユリ飽きちゃったよ、もう七日も寝てるんだもの」
「熱は大丈夫なのか」
「平気!」
ユリがわざと元気そうな声を出して見せると、少年は少し思案してから頷いた。
「じゃあちょっとだけだぞ。母さんに見つからないうちに戻ってくるんだから」
「うん!」
嬉しそうに跳ね起きて、ユリは手早く着物を替える。
「そーっとだぞ」
声をひそめて、少年と少女は裏口から森へと飛び出していった。
「あれー?タクお前、どこ行ってたかと思ったら、ユリを連れてきちゃったのか?」
森の中で待っていた長身の少年が、呆れた声を出す。
「ダメだろユリ、まだ熱があるって母さんに言われたんだろう」
「大丈夫だよ、タツ兄。あんなに寝てたら体がなまって変になっちゃうよ」
久々に外へ出たユリは、銀色の髪を日差しにきらめかせて笑う。家の中にいたときより、幾分顔色も戻ったように見えた。
「赤スグリを見たいっていうからさ。ちょっとだけだよ。母さんに見つからないようにさ」
タクが拝むと、タツはため息をつく。
「仕方ないなぁ、ほんとにちょっとだけだぞ。具合悪くなったらすぐ言うんだぞ」
「うん!」
ユリは元気よく返事をして、タクと一緒に駆け出す。タツもすぐにそのあとを追った。
「わあー!いっぱいだあ!」
赤スグリの茂みを見て、ユリが歓声を上げる。
「ねーね、母さんに摘んでいってあげよう」
「ばーか、そんなことしたら、抜け出してるのがばれるじゃないか」
「あーそっか。じゃあ兄さんたち摘んでってあげなよ」
早くも手の中を赤い実でいっぱいにしながらユリが言う。
「なにか入れ物あったかな…」
タツがポケットを探っていると、急にあっとユリが声を上げた。
「どうした?」
「ん、指切っちゃった」
ユリはタクに草で切った人差し指を見せる。
「どれ」
タクがユリの指をとったときだった。
「…う…!!」
突然、ユリの体がこわばる。
「え?ユリ?」
異変に気がついたタクが戸惑いの声を上げる。タクの声でタツも顔を上げた。
「カハ…ッ!ウッ…」
ユリは自分の胸をつかんで前のめりになり、そのままタクの腕の中に崩れた。赤い実がそこらじゅうに散らばる。
「ユリ?どうした!?ユリ!!」
慌ててタクが体をゆするが、ユリは苦しげに顔をゆがめるばかりで声を出すこともできない。
「どうしよう!タツ…」
不安げに見上げたタクに向けて、タツも精いっぱいの冷静さを保って言う。
「早く、家に連れて帰るんだ。ほら、俺の背中に!」
タツの背中にユリの体を背負わせると、二人は精いっぱいの早さで森の中を駆けた。
「どうしたんだい!?二人ともそんなに焦って…」
行商人と談笑している途中、突然飛び込んできた息子たちを見て目を丸くしたおかみさんは、ユリの姿を見て表情を一変させる。
「ユリが…きゅ、急に…急に倒れて…」
息の上がった中で、切れ切れに話す二人の声はすでに泣き声だった。
「こりゃいかん。脈が止まっているぞ」
縁側に寝かされたユリの手首を握った行商人がいい、おかみさんは真っ青になる。行商人はすかさず小さな胸に両手をあて、上下に力を込め始めた。
「お前たち、早く薬師と父さんを呼んでおいで。早く!」
おかみさんが悲痛な声で叫び、はじかれたように少年たちは飛び出していった。
「ああまったく、この子たちはまた抜け出して…なんでこんなことに…」
涙を流しながら手を握っているおかみさんを励まして、行商人はおかみさんにユリの口から息をふきこませた。
「ゴホゴホ…ッ!」
どれくらい経っただろうか。突然、ユリがせき込む。
「ユリ!」
「よし!息が戻ったみたいだ」
再び脈を調べていた商人がうなずき、おかみさんはユリに抱きついて泣いた。
「母さん!ユリは!?」
真っ青な顔で駆け付けた親子は、商人が笑顔で大きくうなずくと、そろって安堵のため息をついた。
「よかった…死んじゃったかと思った…」
涙と鼻水でグシャグシャになった顔でタクがつぶやき、その肩を同じくしょっぱい顔になっているタツが抱く。二人はしっかりと抱き合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます