第3話
ちゃっかり商人の膝に収まっているユリに、おかみさんが声をかける。
「ユリ、もうちょっと寝ていた方がいいね。お布団に戻りなさい」
「ええー。もうユリ飽きたよう。兄さんたちと遊んできちゃだめ?」
「熱が下がるまではだめ。寝てなさい」
「はぁい。おじちゃん、またね」
不承不承うなずいて少女は去る。ふすまが閉まったのを見届けて、商人がおかみさんに向き直った。
「どうしたのかい?ユリちゃんは。ずいぶんと顔色が悪いみたいだが」
「それがねぇ。もともと丈夫な方じゃなかったけど、ここのところよく熱を出してね。それも、長引くことが多いんだよ。前はタツたちと一緒に遊び回っていてもそんなに遅れちゃいなかったのに、妙にすぐ息を切らしてるし。この前も急に倒れてね。顔に似合わずお転婆な子だから、遊びにやれなくてかわいそうなんだけども…」
行商人は難しい顔になる。
「もしかして、どこか病気なんじゃないのかい。あの子の母さんのこともあるしね。あれは去年だっけ?亡くなったのは」
「そう、あっという間のことだったからね。最初に倒れてからほんの二カ月くらいのことだよ」
おかみさんは目を伏せた。
「やっぱり、医者に見せにいったらどうだい?」
「里の薬師にはみせたんだけどね、原因はよくわからないっていうんだよ。初めは、あの子の具合が悪くなったのも、母親を亡くしたショックからかとも思っていたんだけどね…。それにしては悪くなるばかりだし。だけど、町に出ていくのはあの子には遠すぎるだろう」
おかみさんの返事を聞いて、商人が身を乗り出して声をひそめる。
「おかみさん、アスクラピアのことは聞いたことがあるだろう」
「ああ、あのずっと東にあるという医者の国だろ。それがどうしたのかい」
「ユリちゃんをあそこにやってみてはどうだい」
「何を言うんだい、急に」
おかみさんはびっくりして声を上げる。
「あんな遠くの国、何日かかると思ってるんだい。ましてや、あそこの医者にかかるには、眼の球が飛び出るほどの金がかかるっていうじゃないか。うちにどころか、この里中の金を合わせたって足りないだろうに」
「それがさ、最近新しい制度ができたっていう話を聞いたんだよ。アスクラピアで、特別奨学患者っていうのを募るらしいんだ」
「なんだい、それは」
「難しい病気の幼い子どもの中で、頭のいい子を集めてさ。治療をしながら、医者になる英才教育をするっていうもんだそうだ。それもタダで。アスクラピアの医者なんて、普通のやつが十年かかって勉強してもそうそうなれるもんじゃない。その上タダで治療をしてくれるなんて、こんないい話はないじゃないか」
「それはもちろんいい話だけども…夢のような話で現実味がないよ。まだ学校にも上がらないくらいの小さな子だし、第一そんな頭のいい子でもないだろうに」
うろたえるおかみさんに、行商人は身を乗り出して力説した。
「いいやぁ、あの子はちょっと普通じゃないぜ。教えたことはすぐに覚えちまうもの。頭がいい子だと思うよ。まあ、その試験がどんなもんかは俺も知らないから、受かるかどうかの保障はできないけどもさ。ダメでもともとっていうし、受けさせてもいいんじゃないかい。ちょうどね、来週その試験っていうのが隣の町で開かれるというんだよ。チャンスじゃないかい」
「でもねぇ…そんな遠くに一人でやるなんてこと…まだあの子は六つになったばかりだよ」
「そりゃあね、おかみさんは心配だろうさ。一度選ばれたら、医者になるまでアスクラピアにいないといけないわけだしね。早くても十六か七か、ことによると一生戻ってこれないかもしれない。でもね、あの子の未来を考えてもごらんよ。あの毛色の変わった子がこの里にいて、この先どういう将来が待っているのか。親を亡くして、身元も結局よくわからないままで…年頃になればなるほど、難しくなるぜ」
「……」
それはおかみさんだって、常々危惧していたことだった。
「…まあね、私一人で決められることなんかじゃない。ダイが戻ってきたら相談してみるよ」
「そうしてみてくれ」
諦めたようにおかみさんが言ったことで、二人の会話は別の話題に移った。
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