第二章 薫 第2話

 『ある事件』のことで直接話を伺いたいと、わざわざ大磯駅前の喫茶店まで東京の刑事二人が来たのはその日の午後のことだ。薫としても、夕方のどんど焼きに参加するつもりだったので、申し訳ないが来てもらって助かった。

 そもそもが、薫が年末年始実家に帰っており、所在が不明で電話に出なかったため実家にまで連絡が行ったようだ。東京から神奈川まで刑事が来たのも、その事件に関係するらしい。何かよほどの事件なのだろうか。


 駅から数分の喫茶店『いおり』は寺の隣に位置し、民家を改装した和モダンな雰囲気で統一されている。世界各国から厳選した豆を使っているらしく、コーヒーがとても美味しい。

 地元の人に教えてもらって前日に来ていた薫は、滞在中にもう一度行こうと思っていたが、こんなに早く利用することになるとは思っていなかった。

「こんにちは、予約していた多知花です」

 店内に入った薫は、昨日挨拶したばかりの店長に声を掛けた。

「いらっしゃいませ。お待ち合わせのかたは、あちらのお席にご案内しています」

 店内の奥に、背広姿の二人組が見えた。年配と若者のコンビは絵にかいたような刑事風だった。


 店長に会釈し奥に向かうと、すでに立ち上がっていた二人は軽くお辞儀をし、薫を迎えた。薫も歩み寄る。

「わざわざ来ていただいてすみませんでした」

「いえ、こちらこそ何度もご連絡を差し上げて驚かれたと思います。どうぞ」

 年配の男が前の席を示し、薫が座ると二人もまた腰を下ろした。

 すかさず、店長が注文を受けに来た。二人とも本日のおすすめのコーヒーだったので薫も同じものを頼んだ。

「改めまして、警視庁中野警察署の刑事課、浪川なみかわと申します」

「同じく刑事課のたきです」

 五十代くらいの方が浪川、二十代後半くらいに見えるのが滝と名乗り、警察手帳も見せてくれた。


「……多知花薫と申します。よろしくお願いします」

 戸惑いながらも、目の前にいる刑事に興味が隠せず、まじまじと警察手帳と二人を見てしまう。

「早速ですが、多知花さん、安西夕羽さんをご存知でしょうか」

 年配の浪川が話し始める。

 薫は驚いた。つい最近、その名前を聞いたばかりだった。

「知ってます。高校のクラスメイトで、先日知り合いから連絡を取りたいって言ってると聞いたばかりでした」


 それを聞くと、若いほうの滝という刑事がちらっと浪川を見た。浪川はそのまま一つ頷き、

「安西さんが、多知花さんと連絡を取りたいと?」

「……はい。高校を卒業してスマホの番号を変えたので、連絡先が分からなかったようで。共通の後輩経由で連絡が来ました。何か相談があるとかで」

「その、相談内容は聞いていますか?」

「いえ、詳しくは直接話したいということでした。とにかく急いでいるらしいと聞いたので、その後輩から連絡先を聞いて電話は掛けてみましたが、繋がらなくて……。伝言は残したので掛けてくるかもと思ったのですが、そのまま年末年始になってしまったので忘れてました。あの、夕羽さんに何かあったんでしょうか」

 嫌な予感に、首の後ろがざわざわしていた。警察から夕羽の名前を聞くなんて余程のことだ。


「十二月二十二日の深夜、青梅街道でトラックと接触事故を起こし、お亡くなりになりました。どうも、道に飛び出してしまったようです。目撃者の証言と周囲の防犯カメラからも、路地から飛び出してくる安西さんを確認しました」

 淡々とした口調で浪川が言った。

「……夕羽が、飛び出したんですか? 深夜に?」

「はい。でも、飛び出してきたのは事実ですが、いくつか不審な点があるのです。青梅街道は、ご存じでしょうが車の通りが激しく、0時過ぎようがかなりの車が通ります。そこへ飛び出すのは、昨今の小学生でもしません。どうも、誰かに追われていたのではないかという意見があります」

「……誰かに?」


「防犯カメラの映像を見ると、周囲を確認する余裕がないくらいの速さで飛び出していました。車も避けられないほどに」

 薫が絶句して黙った。そこに、店長がコーヒーを運んでくる。タイミングを見てくれていたのか、申し訳なく思いつつホッとした。

 刑事二人に断って温かいコーヒーを先に飲んだ。コーヒーを口に含んだことで、薫は動揺していた気持ちが少し落ち着いたのを感じる。


 浪川は薫をじっと見つめた。

「最近の安西さんの様子を聞いていませんか?」

 薫は少し間を置いて正直に話した。

「……いえ。夕羽さんと私は、高校を卒業してから連絡を取り合うような仲の友人とは言えないと思います。高校二年次にクラスメイトだっただけで、正直なぜ急に連絡をしてきたのか、私も疑問でした。そもそも連絡をしたいという内容も、本人が話すと聞いたので、私も理由が知りたいと思ってました」

「……そうですか」

 ここで、浪川と滝が目配せをした。すると滝が話し始める。

「安西さんに電話を掛けたのがいつか覚えていますか?」

「えっと……確か十二月のクリスマスより前だった気がします」

 そう言って、薫はスマホを取り出し、履歴を確認する。

 十二月二十二日、二十三時十八分から三度掛けていた。

(――もしかして、この時間に?)

「……二十二日夜に、私から何度か掛けました」

 スマホを見せると、滝は断ってからスマホ画面を写真に撮った。

「安西さんのスマートフォンは、事故の衝撃で壊れてしまったのでデータの復旧に時間が掛かっていました。ただ、携帯電話の通信履歴から多知花さんの着信は確認できています。これは念のためです」

「はい……」


 じわじわとショックが襲ってきた。薫が電話を掛けたその直後、事故に遭った夕羽。

「もしかして夕羽は、誰かに襲われて逃げたってことですか?」

 恐る恐る聞いてみると、浪川は首を振った。

「まだわかりません。……これは捜査上に関わる内容なので公表していないのですが、多知花さん個人に向けた手紙のようなメモがあったので、何かご存じないかと思い、確認したかったということもあるのです」

「手紙?」

 薫は驚いた。高校時代も含めて、手紙のやり取りなどしたこともない。

「今時、手紙なんて珍しいですよね。私もそう思いました」

 滝がビジネスバッグから紙を取り出し、机に出す。

 そこには、確かに『薫へ』と始まっている。しかし、奇妙なことに初めの部分以外はほとんどが文字化けの羅列で、読めなくなっていた。

「パソコンに保存してあったメモ機能に残っていました。通常、送受信をしていない文字が化けるということは珍しいのですが、これは何らかの影響か、故意に文字をわからなくさせたのか、この状態で保存されていました。文字化けをできるだけ復元させてみたところがこちらです」

 そう言ってプリント用紙を見せた。

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