第二章 薫 第1話

 一月。年が明けて月も半ばに差し掛かっていた。

 耳が痛くなるほどの寒さと抜ける様な青空の下、大磯海岸には冬の最中、かなりの人出があった。

 例年一月十五日頃に行われている「どんど焼き」は、小正月の農業行事だ。

 小正月は別名、女正月ともいう。

 一月一日は歳神様を迎える大人の祭りとし、男正月、大正月という。対して、十四、十五日に行われる行事は、女子供が主役だ。道祖神という塞ノ神(さいのかみ)の前で正月飾りを燃やし、子供や女性が地域を練り歩いて豊作を祈り、踊りや唄で言祝ぐ。

 どんど焼きは、日本の地域ごとに名前が違うこともあり、左義長、三九郎、道祖神祭、みんべ焼きなどと呼ばれる。


 「大磯の左義長」は神奈川県無形民俗文化財になっていて、県大磯北浜海岸で毎年行われている。火を入れる左義長の他に、十一日から道祖伸を祀る「お仮屋」が建てられ、子供たちが籠るなどして過ごし、地域ではそのお仮屋を七か所巡る「七所詣り(ナナトコマイリ)」なども行う。

 地域住民が設営や神事を行うなか、取材らしきメディアと地域外からの見学者も混ざっていた。


 多知花薫たちばなかおるもその地域外からの見学者の一人だ。青とシルバーグレーに染めたショートカットの髪を海風になびかせて、グレーのダウンを着こみ、カメラで周囲を撮影している様子は、部外者ということもあり否が応でも目立っていた。

 叔父で薫の通う大学の准教授の多知花 雄嵩ゆたかに連れられて、薫は同じゼミ生と共に十四日から大磯地区に来ている。ここ大磯はこの時期、道祖神の祭りが様々に行われており、民俗学のフィールドワークとして参加していた。サイト(齋燈)と呼ばれる、正月飾りやダルマなどを立錐形にかざった建造物に火入れをするのは夕方で、それまでも周囲では設営が行われている。


 遮るもののない海岸は風が強く、立っているだけでも寒さが染みる。薫は手慰みにカメラを構えて周囲を見回し、近くで遊ぶ子供たちの様子にフォーカスしていた。すると、少し離れた場所で年配の男性に聞き取りをしていたはずの雄嵩が大声で呼ぶ声が聞こえた。慌てた様子で手を振り、何か言っている。


「え? 何?」

 強風でよく聞こえず、大声で訊き返した。

「薫‼ 電話! スマホ見ろって!」

 何のことかわからず、スマートフォンを取り出すと、母からの着信が数十件入っていて目を剥いた。母からの着信の間に知らない番号からも着信がある。薫は普段からあまりスマートフォンを見ないが、祭事に入り、昨日からサイレントモードにしていたため気がつかなかった。何度掛けても薫が出なかったため、母の弟である雄嵩に連絡がいったようだ。

「何か姉さんがすごい慌ててたけど」

 近寄ってきた雄嵩も、いつになく慌てた様子だ。

「警察から連絡が来て、薫と会いたいって言ってるらしい」

「はあー? 警察??」

 思わず大声を出し、周囲からさらに怪訝な視線を送られる。薫は首を竦めて小さく謝った。

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