第二章

第二章 ~0~

 深夜のルート配送業務を請け負っている山中やまなかは、営業所で荷物を積み込むと、いつものように青梅街道を抜けて北に向かって走っていた。夜の配送は、人と話すことが苦手で、特定の人間とだけコミュニケーションを取れば後は黙っていても苦痛ではない山中にとって、いい仕事だった。固定ルートを巡り、荷の積み下ろしのみ。昼間と違って、大きな工事や事故でもなければ遅れることも少なかった。

 時刻は0時過ぎているが、青梅街道はタクシードライバーなども多く、交通量もそれなりにある。都心からベッドタウンへ客を送り、帰ってくるドライバーや、山中のような配送トラックの業者が多い中、車の流れは順調だ。


 眠気覚ましのブラックコーヒーを飲みつつ、黒にシルバーのラインが入った強めの辛口ミントガムを口に入れる。

「ブラックガムってネーミング、会社がブラックな奴が噛んでたら皮肉だな」

 誰も相槌を打たないことを承知で、眠気覚ましのために独り言を呟く。昼夜逆転生活になり、少ない人付き合いが増々減り、代わりに独り言が増えた。

 ミント味のガムは口に入れた瞬間、強めの刺激で涙目になる。山中は涙でゆがんだ視界を目をしばしばさせながら、何気なく前方の歩道を見た。

 いきなり、曲がり角から人が飛び出してきたのが視界に入る


「うそだろ……‼」

 とっさに急ブレーキを踏み右にハンドルを切った。

(――間に合わない‼)

 その瞬間、ライトで切り取られた視界に呆けたような女の顔が白く映り、ドンッと衝撃を感じ、顔の前にエアバックが膨らんだ。


 ドンドンと大きな音がする。一瞬気を失っていたみたいだった。全身が引き連れるように痛む。目を瞬くと誰かがドアをたたいて呼び掛けていた。

「おい! 大丈夫か‼」

 何が起こったか咄嗟に思い出せず呆然としたが、視界を白く切り取られた中に浮かぶ女を思い出した。


 目の前に膨らんだエアバッグが動きを妨げる。もがくようにシートベルトを外してドアを開けると、右側の路側帯にぶつかっていた。幸いにも玉突きにはならなかったようだ。

 周囲は止まった車と人で騒然としていた。

 自分が事故を起こしたことに、山中はおののいて呆然と立ち尽くす。

 その中で、人だかりができている場所に気がついた。


 心臓が、自分のこめかみが、どくどくと音を立てている。周りの音がほとんど聞こえない。

 自分の足ではないような感覚で人だかりに向かって歩く。その様子に周囲の人だかりが割れ、中心に横たわる血まみれの女が見えた。

 ――もう助からない。

 首が変な方向に曲がっていて、一目でそう思った。


 ふと、山中は違和感で周囲を見回す。

「――おかしいな……」

 ぶつぶつと呟く山中を不審に思ったように、誰かが声をかけた。

「どうしたんですか?」

「……もう一人」

「え?」

「――もう一人、いませんでしたか?」

 山中は、飛び出した女の様子を思い出していた。

「……この女の人、白い服の女の子を背負っていたんです。――誰か見ていませんか?」

 顔面蒼白で呟く山中に、周囲はいぶかし気な視線を送る。

「この人が飛び出してきた時に、一緒に女の子がいたんです……」

 山中だけが、ぶつぶつと誰も聞いてない独り言を呟いていた。

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