第8話 パシーン
中学二年生の集大成、とはいっても学校の授業でやってみたら他の競技よりも少し自分に合っていた程度で始めたバドミントンだけれど、これが楽しくて仕方が無くてクラブ活動のために学校に行っているというのが本当のところなわけで。『認められて褒められる』という今までの短い人生の中で記憶に無いくらい貴重な現象が毎日のように降り注がれるというのは、今までの『学校に行けばイジメられ、辛い思いしかない場所』という概念を一八〇度ひっくり返したようなものなのだから、そりゃそれが動機になったって何ら不思議じゃないって素直に思う。
とはいえ、そっちにのめりこみすぎてしまって学業に支障をきたすようでは本当の意味で楽しんでいるとは言えないから、どんなに眠くても疲れていても必ず予習をして、授業中誰かに教科書を貸してあげていてもちゃんと受け答えできるレベルを保ちながらクラブ活動に打ち込んだ。他の子たちが
「遊びに行くなら、宿題やってから遊びに行きなさいよ」
と言われるものが僕にとってはクラブ活動であり、バドミントンなのだ……と格好よく言ってみたものの、これだって『キモセイ』なんてひどい扱いをされていた状態から
「上杉君って頭いいよね、教科書貸してくれてもちゃんと授業で答えられるし、テストいつも一番だし」
今まで日の当たらなかった部分にみんなが気づいてくれて
「ごめん、教科書忘れちゃったから助けてくれる? 」
とか、テストが近くなると
「ここ、わからないんだけど教えてくれる? 」
などと自分を必要としてくれる空気が気持ち良いだけなのだ。休み時間に宿題を全部終わらせて、終業のチャイムと共に体育館に猛ダッシュ。まだ誰も来ていない体育館全体をキレイにモップ掛けして、我々は体育館の半面即ちバドミントンコート三面分使えるので、ポールを立てるためにされている床の蓋を六ケ所開けて一本三十キロほどあるポールをせっせと運んで設置。ダッシュで器具庫に戻って今度はネットを三面分持ってきて、ピンと張った状態で設置をするのだけれど、この瞬間がたまらなく好きなのだ。
「お、今日もコート設営ごくろうさん」
声を掛けてくれる先輩もいれば、何も言わずに当たり前にコートに入って練習を始める人も居る。でもそんなのはどうでも良くて
「なんか床汚れてない? ちょっとネット弛んでないか? ポールしっかりねじ止めされてるか? 」
など、自分がプレイしていたら湧き上がるであろう不満を全部事前に解消して、自分のさじ加減で作り上げた完璧なコートに同じバドミントン好きたちが何事も無く当たり前にプレイできることこそが喜びなのだ。これも勉強と同じで、自分の承認欲求を自分で満たして自己満足に浸っているだけのことだから、別に誰に感謝の言葉を貰わなくてもそれで充分満足。
最初は楽しいだけだったクラブ活動も、現段階ではキツイし苦しいし肉体的精神的にかなり追い込まれる、というか自分で追い込んでいる。これだって何か一つ上達する度に、枯渇していた心に承認という水が湧き出してくれるのだから楽しく続けられているのだ。そして同時に付いてきたミラクルも大きく、バレンタインチョコを初めて貰ったり、三年生の先輩よりも上手になってしまったりなどなど、チョコは別としてちゃんとクラブ活動を始めてから数カ月で顧問から市民大会にエントリーしてもらえるなんて……こんなに幸せでいいのだろうか。
そして迎えた市民大会当日、場所は自転車で十五分ほどの市民体育館。トーナメント勝ち残り形式で行われ、大きく分けてAグループとBグループに分けられる。Aグループは高校や大学の部活、社会人実業団などでゴリゴリにやられているハイクラスで、今回エントリーしてもらったのは小中学生や一般市民でもルールがわかる人ならば出場資格アリな、ゆるいBクラスだ。
Aクラスは別の大きな体育館で行われるのでわからないけど、このBクラスだけで参加人数は二百人を超える。通常二十一点ニセット先取で勝負を決するのだが、トーナメントを組むにしてもあまりにも人数が多いので、上位十人になるまでは二十一点一セットマッチで行われると放送があった。大きな紙に十ブロックのトーナメント表が貼り出されるも、自分の名前がどこにあるのか探すので一苦労、そして対戦相手を見てもどんな人なのか全くわからない始末。
市長が開会の挨拶をされた後、一斉に試合開始。一応中学二年生で経験者ということで第一試合はシードとして二回戦からの出場となる。ざっくりと計算してみたところ第一試合まで約二時間半後、バドミントン大会なので体育館全面にネットが張られ、この会場のコート数は十面。自分の出番まであちこちを周って観察してみると、小さい子からご高齢の方まで年齢層も性別もバラバラ。
「市民の為の大会だからね」
という方も居れば
「この人は必ず勝ち上って来て自分と当たるかもしれない」
という方もいらっしゃる。いずれにしても『大会』というものに出場するのが初めてだったので、その雰囲気はもの凄く新鮮で熱気あふれる空気感にワクワクしていた。小さい体で一生懸命頑張ったのにもかかわらず試合に負けてしまって、大泣きしている子ども選手をお母さんとお爺ちゃんが慰めている光景もあれば、まるで公園で羽根つきを楽しむように汗を流していらっしゃるご婦人方もいらっしゃれば、小学校からどこからのクラブに所属しているのだろうか。見たことろ中年の男性相手に一点も与えないゲームをする少女もいる。老若男女問わずワイワイ楽しめる市民の憩い、これが市民大会なのだ。とはいえ学校の体育館以外で試合をするのは初めてなので何ともいえない緊張感に押し潰されそうになるこの空気感は、きっと人の多さと会場の広さがもたらすものなのだろう。
そうこうしている内に『僕の第一試合が現在行われている第九コート試合終了後に行われる』とアナウンスがあり、これを聞いた瞬間から猛烈な腹痛と緊張による吐き気に襲われ、急いでトイレに駆け込んだ。何とかことなきを経て急いで手を洗い、観客席に陣取ってある自分の場所から荷物一式全部持ってコートの脇まで降りると対戦相手が入念にウォーミングアップしている。初めての試合……相手の顔も見られないまま心臓が口から飛び出るんじゃないかというほど緊張してコートに入り、ネット越しに握手をするとそこにいらっしゃったのはふくよかなご婦人だった。
「あら、若いお兄ちゃんじゃない! おばちゃん素人だから、あの『パシーン』っていうのはナシでお願いね、お手柔らかに」
(そんな、試合なのにスマッシュを打つなということか! いくら相手が年上のご婦人だからって、そんな理不尽な要求をされても困る。こっちだって勝ち上がらなければならないのに)
カリカリしながらコートに入り、様々な状況を想像しながら相手選手の持つシャトルとラケットを睨みつけていると開始のコール。
「ラブオールプレイ」
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