不安

第8話

遮光の弱いカーテンから差し込む光に目覚まし時計が鳴る前に目が覚める。



 まだ二度寝しても良さそうな時間だったが、欠伸をしながら起き上がり体を伸ばす。




「今日も天気よさそうだな」




 外からの視線のみを遮る役目しか果たさないカーテンと窓を開ける。



 まだ冷えて緑の香りがする風が部屋に流れ込む。それに乗ってわずかに煤けたような香りも届く。



 煙突のある屋根から煙が上がっているのが見えた。この季節に暖炉ということはないから、焼き窯などがある店のものだろう。



もう一度、大きく伸びをして身支度を整えてキッチンに向かう。




「紅茶とパンでいいか」




 お湯を沸かしている間にポットに茶葉入れてカップを用意し、昨日のうちに作っておいたサンドイッチをテーブルに置く。



 喫茶店を手伝ってから随分と手際が良くなったと沸いたお湯をポットに淹れながら思う。



 椅子に座り「いただきま」と手を合わせてからサンドイッチに手を伸ばす。




「どんな顔をするだろうな」




 今日はオーナーに会いに行くのだが、やはり不安が募り気分が重い。



 蒸らした紅茶をカップに注ぎ、出そうになる溜息を流しこむように一口飲むがカップを口から離した瞬間に溜息が戻ってくる。



 こんな調子じゃオーナーのもとに行き着くことすら出来ずに心が折れそうだ。



 首を振って椅子から立ち上がり、鞄とスケッチブックを用意する。



 食べかけのサンドイッチを紙に包んで一緒に鞄の中にいれた。




「時間まで外に出てスケッチでもしよう」




 鞄を肩に掛けると玄関に向かうが忘れ物をしたことを思い出し踵を返す。



 部屋から一枚の写真を持ち出しスケッチブックの間に挟み、ついでに冷蔵庫からペットボトルの水を取って鞄に入れ外に出る。




「よし、いつも描いていた場所でも行ってみるか」




 民家の立ち並ぶ場所から少し歩けば自然が広がっている広大な牧場の柵を頼りに森の近くまで歩く。



 目印をなくすと迷子になるのは経験済みだ。日が暮れようものなら辺りは真っ暗になってしまい祖父が探しに来てくれなかったらと思うとヒヤリとする。



――迷子になってる場合じゃないからな



 道の脇にある木陰に腰を下ろしてスケッチブックを取り出す。



 こんな風に絵を描くために時間を割いて向き合うのが懐かしい程に時間が経っている。



 習慣として当たり前だったことは手伝いとは言え仕事をして生活していく中で、どんなに貴重な時間だったのだろうかと実感する。



 深呼吸をしてから鉛筆をスケッチブックに滑らせると、心の奥から沸々と何かが沸き起こってくるような感覚が嬉しい。



 ギャラリーが開く時間まで部屋に篭っているよりも外でスケッチをするという選択はどうやら正しかったようだ。

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