第7話

「あれには驚いた。空っぽの自分が情けなくて恥ずかしくて……」




 ふわふわして見える彼女だが案外鋭くて、弱くて狡い部分などとっくにお見通しだろうか?



 写真に視線を移して弱々しく笑って見せる。知っていて許してくれているのならこれ以上情けない姿は見せられない。



 一人でしっかり立てる男にならないと、知らず支えようとする彼女に負担が重なり押しつぶしてしまうだろう。



 明日、謝りに言って許されなくても終わりではない。落ち込んで道さえ見失わなければいい。



 顔を上げて写真に微笑みかけて気合をいれるように自分の頬を両手で挟む。




「まだまだ」




 椅子から立ち上がりキッチンに移動し、買ってきた食材を冷蔵庫から出して食事の準備を始める。



 はじめる前から駄目なことばかり考えても、答えは出ない気分は落ち込む。いいことなど一つもない。



 買ってきたパンに野菜やハムを挟み落ち込んだ気分を噛み切るように齧り付いた。



 ただ一つだけ確かなのは、どん底からでも戻る道があると彼女が教えてくれたこと。




「早く寝るか……」




 考えることを止めて一息つくと、今度は静かな部屋に一人きりなことが身にしみてくる。



 寝支度をしてベッドに入ったが目を閉じると悪いことばかりが浮かんで眠れない。



 ホッと息を吐いてベッドから起き上がり机に置いたスケッチブックを開く。



 月明かりのなか思い浮かぶままに鉛筆をスケッチブックに滑らせる。



 スケッチブックには彼女の寝顔が描かれていく。まだ見たことがないが、彼女が眠る瞬間は驚くことがあると言っていた。 



 絵を描くのに集中していると規則正しい生活からは遠のいてしまうのは自分も経験があるので分かる。



 ほとんど寝ないで絵を描き体が限界になり睡眠を取る。彼女は本当の限界まで起きているようで突然、筆を持ったまま椅子からひっくり返ったという。



 驚くべきはひっくり返ったまま熟睡していたということだ。



 そこまで没頭して集中できることは一種の才能だと言うが、ある意味危険な病気のような気もする。



 食事も睡眠も忘れるほどの集中など命を削っているのと同じだ。




「懐かしいあの感覚をまた味わえるだろうか」




 頭で危険だと分かっていても求めるの、知らず描くことに取り憑かれているからかもしれない。



 描いた彼女に笑いかける。そろそろ日本にいる彼女は目を覚ます頃だろうか。




「明日は葉書も買いに行かないと」




 一枚目はどんな絵を描いて送ろうかなどと考えていると、緊張に固まった気持ちが緩んでいき欠伸がでる。



 この機を逃さぬようにと慌ててスケッチブックを置き、ベッドに戻って目を閉じる。



 フワフワとした気分は彼女が直ぐ側にいるようで、疲れた体に優しく眠りを運んでくれた。

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