第5話

「もう店番いいなら俺、出かけるから」



「どこに行くんだいニコロ!」



「外」





 素っ気なく答えて勢い良く店のドアを開けて出て行ってしまった。



 名前が分かってすっきりした俺とは反対に、アンナは勢い良く閉められたドアを見て浮かない表情だ。





「反抗期ってやつなのかね……会話もなにもあったもんじゃない。何を考えているのかさっぱりだよ」





 これが反抗期だと言うのなら、羨ましく思える。反発しても心配してくれる相手がいる。



 将来は画家になりたいと話した時だって忙しい両親は、駄目だの一言だけだった。



 家を出て祖父のもとで暮らし始めると、もう興味がないのか何も言ってこない。





「心配してくれる親がいるからニコロも安心して反抗期をすごしているんじゃないですか?」



「心配するこっちは安心なんて、できやしない! まったく頭が痛い……悪いね戻ってきたばかりのレイトに愚痴って。落ち着いたら、ご飯でも食べにおいで!」



「ありがとう。落ち着いたらお邪魔させてもらいます」





 お互いに笑ってみせるとショーケースにあるパンを切ってもらい紙に包んでもらい会計を済ませ店を出た。



 ドアが閉まりアパートに歩き出しながら思わず笑みが溢れる。





「母親ってこんな感じなのかな……」





 生活することに困ったことは無いし、祖父に沢山の愛情を注いでもらい育ってきたと言える。



 けれど、両親との関係はなんと表現するべきか分からない。家族と言って思い浮かぶのは祖父の顔だけ。





「祖父がいれば十分。それに今は彼女だっている」





 抱えたパンにつぶやき、強い日差しを避けるように建物の影を見つけてボコボコした石畳の道を歩く。



 途中の十字路で一度、足を止めて道の先を見つめる。



 アパートとは逆方向にこの道を歩いて行けばギャラリーがある通りだ。



 小さな街だし、こうして買い物や散歩をしていればオーナーにあう可能性は十分にある。



――挨拶ぐらいは済ませておくべきだろうか



 その場に止まったまま考えるが、足がギャラリーに続く道に踏み出す気配はない。



 パンを抱えたまま行くべきではないし、今日はこっちについたばかりで万全の体調ではないし



 震える心に言い訳をしながら重くなりはじめた足を取りで、アパートへと続く道を進んだ。

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