第4話
アパートから近い小さなスーパーで食料品と足りない日用品を買い込む。
観光地ではないこの小さな街で祖父以外の日本人に会ったことがない。
小さな街で近所ともなれば顔見知りになるのは至極当然のことだが、もう何年も離れていたここには自分を覚えている人などほとんど居ないだろう。
「あとは、パンを買って……まだあの店は残ってるかな」
アパートの裏通りにあるパン屋は当時の行きつけで、店主のアンナとはよく会話したのを覚えている。
一度、アパートに荷物を置いてから懐かしのパン屋に足を向けた。
裏通りに入るとすぐに年季のこもったパン屋の看板が目に入る。
懐かしさに口の中にパンの味が思い出されて唾が溜まり、急に空腹感が蘇り自分のお腹をおさえて苦笑いをこぼす。
戸惑うことなくパン屋の前まで歩きドアを開けると、記憶していた恰幅の良い女店主のアンナの姿はなかった。
レジカウンターには気怠げな青年が携帯電話を片手に店番をしている。
客が入ってきたのを携帯電話からチラリと視線を上げて確認しただけで挨拶すら無い。
――アンナの息子さんかな?
ショーケースに並んでいるパンを眺めつつ気怠げな青年を観察していると店の奥から声が聞こえる。
「いらっしゃい!」
静かな店内に元気な声と共に恰幅のよい女性が姿を表し、目が合うと「あっ!」と声を上げた。
覚えていてくれたらしく、すぐに笑顔を見せると近くによってきて背中を叩かれる。
「しばらくじゃないかレイト!」
「お久しぶりですアンナ」
辛い思い出ばかりの地だと思っていたが、帰ってくれば辛いばかりではなかったことも思い出される。
――嬉しいもんだな
レジカウンターで携帯電話を見ていた青年がアンナの反応に、こちらを伺うように見てる。
目があったので微笑んで挨拶すると、恥ずかしそうに青年も小声で挨拶をしてくれた。
「体調を崩したとかで日本に帰ったとテルから聞いていたけど、もう大丈夫なのかい?」
「はい。またしばらくこっちで頑張ろうと思っているんで、よろしくお願いします」
笑顔を見せ改めて挨拶をするとアンナは目を丸くする。その後に何度か瞬きをすると声を上げて笑う。
「驚いた! 見た目は変わらないが、雰囲気が随分と変わったね。うちの息子は図体ばかり大きくなっただけで、中身はからっきし子供だよ」
アンナはレジカウンターにいる青年を溜息混じりに見ながら首を横に振って見る。
やっぱり息子だったのかと、よくパンを買いに来たときに店の奥から顔を出していたのを思い出す。
――名前はなんだったかな
ぼんやりと記憶をたどっていると、座っていた青年が鞄を持って立ち上がる。
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