第3話
「何もかも信じられず、全てを遮断してしまった結果なのか」
精神を病んで日本に帰国する数日間の記憶は今でも曖昧だ。
自分が傷ついていた原因も分かっているのだが、部屋に閉じ籠もりこんな風にキャンバスを切り裂いたこともどんな生活をしていたのかも記憶にない。
思い出そうにも霞がかかったようではっきりしないのは、心が完全に壊れていたのか、自己防衛だったのか。
――思い出せるといいな
辛い記憶も少しずつ受け入れて行きたい。受け入れたらそこに見えるものがある気がする。
部屋の窓を開け、ベッドや椅子にかけられている布を全て取り除く。
「少し休んだら、荷物を片付けて買い出しに行こう」
過去にばかり浸って今を歩かない訳にはいかない。やるべきことをしようと体を動かす。
今日はゆっくりと休んで、明日から謝罪に周らなくてはならない。
「まずはオーナーに……」
考えると胃が掴まれたような痛みを感じて顔を顰める。
迷惑をかけて話すら聞いてもらえないどころか、罵声を浴びるかもしれない。
オーナー限らずマリアに絵を描かせてもらう前に、依頼主であったファルツさんに謝罪するのも同じだ。
「前途多難だな」
覚悟していたが気が重くて溜息ばかりが出てしまう。リビングから鞄とスーツケースを運び入れし静かな部屋に音が響く。
重苦しい気分に一人きりの部屋がやけに寂しくて、思いついたように鞄からアルバムを取り出す。
「せめて写真だけでも……」
皆が一緒に写っている写真と彼女と二人だけで写っているものを裂けたキャンバスの隙間に挟み込む。
傷口に薬を塗ったように笑顔が並ぶ写真は気分を和らげてくれた。
今までは祖父が生活に必要な殆どをやってくれ自分がどれだけ甘やかされ、恵まれていたのか一人になって分かったことだ。
絵を描けなくなった時間が必要だと言うには重すぎるが、無意味な辛いだけの時間よりはずっと救われる。
――人がいて分かること、一人になって気づくこと
どちらも良くも悪くも体験しなければ分からなかったことだ。
「怖がることなんてない」
歩き出した道は険しくても、そこかしこに光があり疲れたら癒やしてくれる。
スーツケースを空にしてクローゼットにしまうと、休んでから買い物に行こうと考えていたがそのまま鞄を持ってアパートを出た。
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