第2話

飛行機が着陸し空港に着き、外に出ると太陽が照り付ける。



 日本よりもカラッとした空気で纏わりつくような暑さはないが陽射しは強い。



 時差ぼけの頭にはなかなか堪える陽射しに頭を振り、祖父のアパートへ向かうバス停に移動する。



 丁度よくバスが停車していたので乗り込み、空いている座席に座り少しすると発車した。



 市内を抜けて市外を少し進むと景色に緑が増えはじめた頃にバスを降りる。



 石畳の道をガタゴトとスーツケースを引く音を響かせながら歩き出す。




「この辺りは変わらないな……」



    

 此処にいた頃によくスケッチしていた風景を思い出して笑みをこぼす。



――変わらいないものなんてないか



 木々は成長しているし、見える古い家の庭先の様子も変わっている。



 時間は止まらず流れて自分の心と同じように確実に様子を変えていた。



 頭では分かっていても、一歩進むごとにスーツケースを引く手から背中、体中から嫌な汗が滲み出てくる。



 けして暑さのせいではなく不安と恐怖心から来るものだろう。



 それでもこの場で汗を拭い、歩みを止めたら二度と歩けなくなってしまいそうだ。



 石畳にスーツケースを引く音を響かせ人目も気にせず足早に歩くと祖父のアパートが見えてくる。



 スーツケースを持ち上げて階段を上り一気に部屋のドアまで向かう。



 鞄から鍵を取り出して鍵を開けると、一息ついてからドアノブを回して中に入った。



 入ってすぐのリビングにはカーテン越しに入る陽射しで電気なしでも十分に明るい。



 祖父が最近まで使っていたのでさほど埃っぽさは感じられないが、空気が淀んでいる気がして窓を開けに向かう。




「俺の部屋も窓を開けないと……」




 二部屋あるうちの一室を自分の部屋として使わせて貰っていたのだが、そのドアを開けることに抵抗を感じる。



 こんなにも小さなことにいちいち戸惑うほど、過去の自分を怖がっていることが情けない。



 ドアノブに手を置き、目を閉じてドアを開ける。閉じ込められていた温く淀んだ空気が体を撫でていく。



 ゆっくりと目を開き部屋を見ると、部屋の真ん中に白い布がかけられたキャンバスが佇んでいた。




「ここだけは変わってない」




 キャンバスに掛けられた白い布以外は、自分の記憶している部屋と何一つ変わっていない。



 恐る恐る部屋に脚を踏み入れキャンバスに掛けてある白い布を取る。



 キャンバスの状態に息を飲み掴んだ白い布を床にそのまま落とす。




「こんなにも傷ついてたのか……」




 大きく切り裂かれたキャンバスを見て祖父がここから連れ出したくれことに心の底から感謝した。



 きっとここに閉じ籠もっていたら絵に憎しみを向けてしまっていただろう。



――最悪、自分を傷つけてこの世にいなかった可能性もあったかもしれない。



 ずっと傍で見ていてくれた祖父の暖かさを何故あの時に気付かなかったのか悔やまれる。

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