旅立ち
思い出
第1話
飛行機の座席に着くと別れ際に受け取ったアルバムを開く。
たった今別れを済ませた恋人と友人が写真の中に笑顔で並んでいる。
空港に来る前に喫茶店前で撮った写真をレイコさんとナオヤさんが現像してくれたものだ。
写真に写る笑顔につられるように笑みを浮かべ頁をめくると、花火大会の浴衣姿の写真が納められて驚く。
「いつ撮ったんだろう……」
カメラに視線が無いのを見ると知らないうちに携帯で撮っていたのかもしれない。
その中の一枚に浴衣姿で恥ずかしそうな笑顔を向けている彼女の写真を見つけて思わず写真を指で撫でる。
僕の背中を一所懸命に押してくれた彼女の為にも、もう一度画家として認められなければならない。
別れたばかりの彼女を早く自分の腕に抱きとめるためにも。
左手の薬指に描かれた顔を見つめて包み込む様に拳を作りそっと口づける。
――考えているよりずっと険しい道だろう
もう一度、止まった場所からやり直したいと言ったが、相手もあることでやり直しが許されるかも分からない。
考えるだけで嫌な汗が拳の中を湿らせ、籠ったものを逃がすように拳を開いて息を吐いた。
「大丈夫かい? 飛行機は初めて?」
隣に座るスーツを着た老年の男性に声をかけられ、はっと顔を向ける。
祖父を思い出させる優しい表情に緊張が和らぎ笑顔を見せた。
「久々に飛行機に乗るので、ちょっと緊張しているみたいです」
「そうか……私も仕事で頻繁に飛行機を利用するんだが、どうにも慣れないんだよ」
とても感じの良い男性と軽い会話をしていると、不安な気持ちが紛れる。
『当機は間もなく離陸いたします……』
機内に流れたアナウンスに男性は緊張した表情で手摺を掴んで苦笑いを見せる。
安心させるように笑顔を見せるが、自分も知らずアルバムを持っている手に力が入る。
飛行機は無事、離陸して新たな一歩を踏み出す為の地に飛び立った。
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