第65話

「なんだ。全員行くのか? 俺は桃屋にしか奢らんぞ」


「えぇ!? 俺にも奢ってくださいよ」


「猿谷よ……俺はお前のことを鬼沢からチクチクと言われるんだ。その度によくやっていると嘘をつく俺を労れ奢れ」


「よくやってるって嘘じゃないでしょう!?」



 全員で笑いながら下の階にある社員食堂に向かう。企画部が今の二班体制になってからそれほど日が経っていない。


 人数もそれほど多くない企画部はだいたいが犬神か鬼沢がリーダーとなって話を進めるという形だった。


 犬神は沢山のアイディアから形を皆で作っていくタイプで、鬼沢は数字や情報をきっちりと調べあげ完成された一つの形を求める。


 売上がなければならないので根拠ある数字は大切なのだが、枠にとらわれすぎて無難なものが多い。


 二人を足して割ったら丁度よさそうだと企画部の大半が思っているだろう。



「桃屋はなに食うんだ?」



 食券売り場の前で犬神に聞かれ今日の定食メニューを確認する。


――肉と魚。夜ご飯を銀に聞いておけばよかったな。


 こんな悩みは実家を出てから数える程度。一年近く一緒に住んでいた博之が料理をしたことは一度もない。


 疲れて帰ったとき、お帰りのひとこともなく「今日の飯は?」と言われた時は脱いだ靴を投げつけてやった。


――よく一年近くも、一緒にいれたよな


 どうでもいい事を思い出しながら、B定食の鯖の塩焼きに決め犬神にお願いする。

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