第63話

クリップで書類を止めて立ち上がり、まだ言い合っている二人を止めようと口を開きかけたその時



「おはようございます! 良かったセーフ」


「おはようございます湊さん」


「おはよ! 志帆ちゃん」



 オフィスに走りこんできた湊 志帆[ミナト シホ]の挨拶で、二人の言い合いが無事に途切れた。



「おはよう志帆。寝坊?」


「バスが遅れてさ……あれ? なんか緊急事態?」



 私が持っている書類を指差しながら慌てたようにバックを引き出しに入れ、ジャケットを脱いで椅子にかける。


 書類についてあまり大きな声で話せないので口元に人差し指を立て、書類で口元を隠して鬼沢と口を動かす。


 志帆も声を潜めて手伝おうかと聞くが、犬神に書類を持っていけば終わりだと伝えそのまま書類を渡しに行く。



「犬神さん。終わりましたよ」


「悪いな……面倒な仕事ばっかこっちに振りやがって」


「コラボ先が口を出さないだけスムーズだと思わないと」



 モデルのイメージに合うものなら良いと言う一点だけであとは全部こちらにお任せ。


 先に企画書を作った鬼沢班のバラチョコ案が円の強くセクシーな雰囲気に合うと一発で了承された。


――それにしても気取ったチョコレート。


 贈る相手も居ないが、私だったらこのチョコを好きな人には贈らない。


 円の女王様のような印象が強すぎるせいなのか相手のことなどお構い無しに「嬉しいでしょう? 食べなさい」の自己主張が強いのだ。


 もっとも私の個人的な印象だし、大衆には肉食系女子なるものも増えている。強気なチョコは受けるかもしれない。


 どんなにリサーチしても商品は売りだして見なければ分からない部分が多い。


 製菓子業界の一大イベントの一つなので大ポカだけは避けたいわけだが。



「このまま何事も無く、売れる商品ならいいけどな……」



 犬神も思うところがあるのだろうかポツリと呟いた。私も軽くうなずいて席に戻ると、始業時間になり自分の仕事をはじめた。

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