第54話

「狼男は怖いんだぞ……」



 低く囁き実を見つめると手に持っていたシャンプーの蓋を開け、思いっきり容器を押す。


――ブシュッ!


 顔めがけてシャンプーが飛んできて俺はまた情けない声を上げてしまう。



「きゅん!」



 目がしっかりと開けられずワタワタと顔を拭っていると、目の端で実が脇をすり抜ける姿がかろうじて見えた。


 背後に気配を感じ振り向こうとした瞬間、ひざ裏を思いきり蹴られ膝が崩れて壁に頭を打つ。



「痛っ!?」


「狼男なんか怖くない! エロ犬!」


「犬じゃない狼だ!」



 脱衣所でシャンプーが沁みる目を薄く開け、頭を押さえながら言い返すと実が廊下をパタパタと走って行く音が聞こえた。



「マジかよ……」



 少し怖がらせれば俺への態度が変わると思ったのに、これでは余計悪くなる。


――まさか反撃にあうとは思わなかった。


 目に染みるシャンプーを洗面所で洗い流し、上着を着て警戒しながらリビングに戻るとブラシを持った実が仁王立ちしていた。



「シャンプー終わったからブラシね?」


「遠慮する」


「もう一回、シャンプーする?」



 悪魔のような笑みを見せて片手に持ったシャンプーの蓋を開けて見せる。


 咄嗟に身構えるが脅かすにしろ、ちょっと遣り過ぎた僅かな反省だと何も言わずに狼の姿に変わりうつ伏せになる。

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