元天才早熟魔術師による後輩育成
@reidan
天才とはなにか
こいつは本物の天才だ!
何度言われたことだろうか。この世界では5歳になると魔法の教育が始まる。だけど俺は前の世界の記憶を持っていたから5年も待てないと思い、家にあった魔法の本を勝手に読んで使っていた。
5歳になる前から魔法を使えるなんて!
記憶の中では前世で22歳まで生きてたんだから要領がいいのは当然である。
この年でもう中級魔法を?!
中級魔法は使えるだけで一人前の魔法使いと呼ばれる難易度がそこそこ高い魔法の総称である。それを俺は10歳になる前に使うことができた。
だけど、それだけだった。
上級魔法を使えないのか…
俺に期待した大人たちがつくため息とこの落胆を何度聞いたのだろうか。
中級までしか使えないなら、天才じゃないわね。
そっちが勝手に期待しただけだろ、とは思わない。俺だって浮かれていた。
天才じゃなかった。
上級魔法が使えないなんて…
早熟なだけだったか…
まだまだ子どもだな。
鬱陶しいほどいろいろな言葉を聞いた。もううんざりになった。
だから俺はやめた。
天才をやめた。
なのにどうして、この目の前にいる少年は…
「先輩!僕に魔法を教えてください!」
「いや、なんで俺?」
これは天才を辞めた先輩と天才である後輩が紡ぐストーリーである。
⭐︎
「おいーす、レイ。今日も早いな。」
「グレンの方が早いだろ。おはよう。今日も訓練終わり?」
現在朝の7時。俺が所属してる2-2クラスには赤い刺繍の入った制服で座禅のような格好で机の上に座っている友人の姿しかない。
授業が始まるのは9時から。まだ2時間も早く学校に登校している。だが、おそらくこいつはさらに1時間前にはこの教室についていたのだろう。
そんな10年来の友人がニヤリと笑いながら話しかけてくる。
「おうよ。お前から教えてもらった朝練が一番目覚めにいいんだわ。」
「そりゃよかった。教えた甲斐がある。」
こいつの名前はグレン・エンドールグ。俺が天才じゃなくなっても友人でいてくれる数少ない人物だ。赤い髪が特徴的な野生児で、身長は180cmと高く、体型もがっちりしたワイルド野郎である。正直こいつは魔法よりも肉弾戦の方が似合う男である。
グレンに教えた朝練は、俺からしたら朝連と呼べる物ではなく、単純なストレッチであり特別なことは何もない。ただ、元の世界のストレッチと違うところは、ストレッチをしながら全身に魔力を行き渡らせることだけである。
俺は机から降りているグレンと話しながら、魔法で鍵がかけられている机の中から学園用の杖を取り出してホルダーにしまい、席を立つ。グレンもいつも通りに横に並んでついてくる。
向かう先は学生訓練場。普通は授業前に魔力を使うのは勿体無いという考えなので、朝の訓練場は毎日貸切である。俺とグレンは入学時からほぼ毎日こうしてスカスカの訓練場で魔法の訓練をしている。
しかし、今日は珍しい先客がいた。
「あれは…」
訓練場に佇んでいるのは青い刺繍の入った制服を着て杖を片手に魔力を集中させている金髪の少年だった。
ちなみに5年ごとに制服にされている刺繍の色は変わっており、今は一年が青、二年が赤、三年が黄、四年が黒、五年が白である。
身長は180cm弱くらいであり、金髪碧眼でスタイルも良く、まさに王子様のような外見をしている少年。
「ソル・アレキサンドライトじゃん。公爵家の天才様がなんでこんな朝から訓練場にいるんだ?」
グレンがそう呟くと、その声が聞こえたのかソルはこちらを振り向く。するとこちらに小走りで近づいてくる。
「おはようございます先輩方。レイ・ローフ先輩とグレンエンドールグ先輩で間違いありませんか?」
「間違いないけど…」
グレンはともかく、なぜ俺の名前を?
「今日こちらに参ったのはレイ・ローフ先輩にお願いがあるからです。」
「ほう。」
グレンがニヤリと笑う。こいつ面白がってんな。
「お願いって?」
そう聞き返すとソルは真剣な眼差しで頭を下げながら
「先輩!僕に魔法を教えてください!」
…
「いや、なんで俺?」
⭐︎
ここで一旦、自己紹介をしておこう。俺の名前はレイ・ローフ。このキルラーン王国の最東の領地を治める辺境伯の次男であり、身長は175cmとこの世界では平均くらいの身長で暗めの茶髪。顔はイケメンとは言えない普通顔の男子学生である。
そんな目立つところが一切ない俺に対して、この公爵家の天才と名高いソルという少年は、魔法をおしえてほしい、だって?
「いや、むしろ俺が魔法を教えて欲しいんだけど…」
「いえ!先輩ほど魔法をうまく使える人はいないと思っています!僕がこの学校にきた理由は教師からではなく、ローフ先輩から魔法を教わりたいからです!」
いったいこの子は何を言っているのだろうか。
俺が魔法を使えてたら俺も辺境伯の天才の名前を今でも保持していただろう。
「期待されるのは嫌じゃないけど、俺は君のような天才ではないよ。もし君が過去の俺を夢見ているのだったら、諦めた方がいい。それだけだよ。訓練頑張ってね。」
「えーレイ何もしないのかよ。面白くねぇな。まぁいいや。じゃあな天才様。」
何を考えているかわからないこの天才と一緒にいるわけにもいかないため、俺はグレンを連れ、今日の訓練は諦めて訓練場を去った。
俺の後ろ姿をじっと見つめる天才から目を逸らしながら。
⭐︎
「なんで何も教えてやらないんだよ。お前ならあいつにいくらでも教えることがあるだろ?」
教室に戻った後、暇になったから2人でストレッチをしているとグレンが聞いてくる。
「まぁね。でもそれは彼が求めてるものじゃないよ。世の中の人が求めてるのは‘天才’であって‘天才’の名前に縋る凡人なんて誰も求めてないさ。」
「そうかよ。お前がそういうならそういうことにしといてやる。」
俺のような中級魔法までしか使えない凡人が入学して3ヶ月も経たないうちに上級魔法を使えるようになった天才に教えることなんて、あったとしてもおこがましいにも程がある。
そんなことを考えながら今日も学校が始まる。
俺が在籍している学校の名前は‘王都魔法学院’。国の中から魔法を使える子どもを集めて一流の魔法使いを輩出するエリート学校だ。
1〜5年生が1〜5クラスにわかれていて、このクラス分けは実力順になっている。クラスの人数は20〜40人であり、上級魔法を使える人は1クラス。中級魔法が使える人は1〜3クラス。初級魔法しか使えない人が4〜5クラスにいる。
中級魔法しか使えなくても1クラスに在籍することは可能だが、それは上級魔法を使える人が20人以下の場合のみであり、それを超えると1クラスには上級魔法を使える人しか在籍できない。
俺は一年生までは1クラスに所属できていたが、上級魔法を使える人数が20人を超えたため、俺もグレンも無事2クラスに降格したのだ。
そんな2クラスの生徒は全員1クラスに上がること、つまり上級魔法を取得することに重きを置いているクラスであり、皆のモチベーションも高い。
そんな中俺は10歳になる前から上級魔法を使えるようになるために努力しているのにも関わらず使えるようにならない稀有な存在であり、もう俺には上級魔法を使えるようになるために訓練をするモチベーションはない。
「そこ!集中してやりなさい!そうしないと1クラスに戻れませんよ!」
教師からはこう怒られるが、そもそも1クラスに戻る気も戻れることもないので今日も適当にこなす。
今日も授業を行う教師達の話し声が聞こえる。
「レイは上級魔法さえ使えれば学年1位の実力と成績を持っているのに本当に残念だ。辺境の天才の落ちこぼれた姿は見るに堪えない。」
聞こえている。せめて聞こえないところで話せよとは思う。しかし、話している内容はその通りであり何も言い返すつもりもない。
そんないつもの教室はある人物の到来で一変することになる。
「失礼するよ。レイ・ローフ君はいるかな?」
明らかな威厳。圧倒的プレッシャー。想像のできない魔力総量。教室のドアを開け、少し言葉を発しただけなのに全員の注目を掻っ攫う圧倒的な人物。
その人物はこの学校の生徒全員が知っている存在であり、憧れる人物でもある。
「ど、どうしたのでしょうか。学園長?」
「このクラスにレイ・ローフなる者が所属していると聞いたがどこにおる?」
担当教師が額に汗をかきながら話しかける。
そう。この人物はこの学校の長であり、この学校の生徒が憧れるキルラーン王国の宮廷魔法師序列7位の化け物である。名をセブルスター・ローディエル。
理由はわからないが、俺をお呼びのようだった。
「はい。私がレイです。」
「おお、君か。ふぅむ……なるほどのぉ。」
なにがふぅむなんやねん。
何が見えて…ん、?魔力密度を推定されてる…?
「こりゃ、わしの目も節穴になったかのう…レイよ。お主に用事がある。ちと今から時間があるか?」
何か気になることを呟いていたが一旦スルー。
「現在授業中なのでそれが終われば可能です。」
そう言うと学園長は教師に目配せをする。
その目配せに気づいた教員はビクッと震えた。
「レイ。今日の授業は参加しなくて大丈夫です。学園長の指示に従いなさい。」
「承知しました。」
あー、なんか面倒ごとになりそう…
そんな嫌な予感を胸に学園長について行くのであった。
⭐︎
学園長に連れられて教室をでた俺が向かった先は朝も来た訓練場。
現在は1-1が授業を行なっているようである。しかし、その雰囲気は異質で皆が誰かに恐怖しているような、そんな雰囲気だった。
学園長が訓練場に入ってもその雰囲気は変わらず、その中心になっている生徒へ自然と目がいく。
そこには今日の朝、俺に教えを乞いてきたソルが杖を落とした状態で呆然としている姿が見える。
そしてその正面には杖を構え呆然とするソルを見下す男の姿。
身長は160cmほどの小柄で白髪も長く、前髪が目を隠している。青の刺繍が入ってるのを見るにソルと同じ1年生で、おそらく彼と決闘しソルが負けたのだろう。
「主要4属性の上級魔法を使える公爵家の天才もこの程度か。」
白髪の少年はソルに近づき、落ちてる杖を奪うと訓練場から出て行った。
俺が訳もわからず混乱していると1-1担当の教師が学園長に説明する。それを隣でこっそり聞いてみた。
「彼はナヤタ・ハマクです。中級魔法しか使えなかったはずなのですが、突然ソルに決闘を申し込み、上級魔法で彼を圧倒し、勝者の権利として杖を要求したのです。」
へぇ。急に上級魔法が使えるようになった少年、ねぇ。それにこの跡。厄介なことに巻き込まれそうだな…
そんなことを考えていると学園長が口を開く。
「レイよ。お主にはそこの天才を鍛えて欲しいと思ったのじゃ。どうかな?」
そこの天才とはまさに呆然と膝立ちしてるソルのことである。
俺と学園長の話し声が聞こえたのか、こちらを向いている。
「なぜ私なのですか?私が鍛えるよりももっと適切な教師がいるはずです。」
そう返すと学園長はさも当然のように言ってきた。
「なぜ、か。それはお主が一番わかってあるのだろう?のう、‘辺境の天才’よ。」
⭐︎
結局学園長の頼みを断ることができずにソルの面倒を見ることになった。
呆然としているソルを訓練場外のベンチに移動させ、先ほど行われていた決闘について聞いてみると
「彼は急にいちゃもんをつけてきたのです。その杖は本来自分が持つべき者である。だから渡せ、と。」
魔法師にとっての杖は重要な者であり、よほどの実力がない限り、魔法師は杖によって魔法を放つ。そして、ソルが奪われた杖は選ばれた者しか使うことができない‘選抜の杖’である。
だからソルが待つ選抜の杖を奪ってもナヤタにメリットはないはずなのだが…
「僕はあの杖を取り返したいです…!あの杖は、僕が宮廷魔法師を目指すきっかけになった大事な物だから…!!」
そんな決意を固めるソルを横目に俺はホルスターから自分の杖を取り出す。
「とりあえずこの杖を使いな。どうせ近々再戦を申し込むんだろ?ならできる限り早くから杖を慣らしたほうがいい。」
俺が杖を手渡すと、ソルが戸惑いながら聞き返してくる。
「しかし、そうしたらレイ先輩が魔法を使えないのでは?」
それに対して俺は笑いながら答える。
「大丈夫だよ。俺はー…」
その言葉を聞いてソルは目を見開く。
「さぁ、凡人の授業を始めようか。」
⭐︎
その日からソルの訓練が始まった。決闘による再戦は1回目の決闘から1ヶ月以内になら強制的に受理される。これは負けた側への救済処置であり、明確なルールである。
そのため、ソルはこの1ヶ月で圧倒された差を埋めなければ奪われた杖を取り戻すことはできない。
この1ヶ月俺はみっちり彼を育て上げた。凡人の知恵を天才が取り入れたらどうなるか。正直俺も興味があった。だから学園長に許可をもらい、授業に参加せずにつきっきりで育てた。
俺がソルを育てている一方で学園では不思議なことが起こっていた。
来年より上級魔法を使えるようになる生徒が増えていたのだ。
上級魔法は名前の通り上級であり、学園で使えるようになれば超エリートである。学園の卒業生では毎年平均して50人ほど上級魔法を取得して卒業して行く。
しかし、去年から今年にかけて上級魔法を使えるようになっている人が異常に多いのだ。
具体的に言えば、来年だと二年生に上がる時に上級魔法を使える人は5人いれば多いほうなのに、今年は20人を超え、まだ半年しか経っていないのにプラスで10人使えるようになった。
また、異例なことに3クラスや4クラスの中級魔法を安定して使えなかったり、複数属性の中級魔法を使えない人物が上級魔法を使えるようになっている。
これは俺の代だけではなく、1〜5年生全学年で同様の出来事が起こっている。
また、上級魔法を使える人数が増えるに比例して体調不良により退学する生徒が増えている。
上級魔法を使える人数が増えたら体調不良者が増える。こんな傾向にあったら何か関連があるのを疑うのも仕方のないことだろう。学園長が中心となり調査を進めているようだが、何も進展はないようだ。
学園ではこのようなことが起こっているが、俺とソルにはあまり関係がない。
まあ俺は上級魔法を使えないからどんどん置いていかれてる感じはするが、あまり気にしてないから関係ないと言っていいだろう。
そして今日。ソルが敗北してからちょうど1ヶ月。リベンジマッチの日である。
指定した時間は放課後。教師が審判を務める。
俺とソルは指定した時間より少し早く訓練場に着く。
訓練場には決闘を見にきた人物が多くいて、公爵家の天才とそれを一度打ち倒した新たな天才との勝負を心待ちにしている。
「またノコノコと顔を出してきたんですね。公爵家の天才様。何度やっても変わりませんよ。あなた程度の実力じゃ、ね。」
そして訓練場に現れたのは前回ソルを負かしたナヤタ。
それに対してソルは堂々とした態度で言い返す。
「僕もその1ヶ月何もせずにいたわけではありませんから。杖を返してもらいます。」
「くっく、ははははは!!」
ソルが言い返すとナヤタは急に笑い出す。
「何もせずにいたわけではない。それはそうだろう。授業も出席してないかったしな。だが、その上級魔法すら使えない凡人と訓練していたのだろう?そんな才能のない凡人に教えを乞いて何になるんだ?なぁ!そうだろう!!」
ナヤタは心底バカにしたような声で訓練場にいる観客を巻き込んで言い放つ。
「ふふっ」
その様子を見たソルは逆に肩を振るわせながら笑う。
「何がおかしい?自分が惨めになったか?」
「ふふ、大したことではありませんよ。ただ、本物の‘天才’を知らないのは実に勿体無いと思っただけです。さて、時間も過ぎてますし始めましょう。」
ソルはそう言うと杖を構える。当然、構えるのは俺が貸した杖だ。
ナヤタもソルの言葉に多少の苛立ちを感じながらも杖を取り出す。
その杖を見た瞬間にソルは目を見開く。そう。ナヤタが構えた杖はソルが使っていた選抜の杖だったからだ。
その様子を見てナヤタがニヤリと笑いながら言い放つ。
「この杖はお前ではなく俺を選んだようだ。もう、お前の杖ではない。取り返しても、使えないかもなぁ?」
そんなソルを怒らせるような発言をするナヤタ。しかし、ソルは目を瞑り深呼吸をして杖を構え直す。
そんなソルの様子にチッと舌打ちをしたナヤタも杖を構えた。
「死に直結する魔法は禁止とする。また、決闘のルールから外れた行動をした場合敗北とする。両者、誓いを。」
「ソル・アレキサンドライトは神に誓う。」
「ナヤタ・ハマクは神に誓う。」
「それでは、はじめっ!」
両者の杖に魔力が纏われる。
⭐︎
俺はよく天才、凡才と言う言葉を使う。それには明確な理由が存在する。それは‘才能がなければ魔法が使えない’からである。
魔法を使うのには才能が必要であり、それは努力で補うことができない。
上級魔法を使うには圧倒的な‘才能’が必要だ。そして、俺は上級魔法を使えない。才能がない。‘凡才’である。
これが俺が天才と凡才と言う二つの言葉を使う理由であり、自身を凡才と言う理由だ。
だけど
凡才が天才に負けると誰が言った?
だれが
だれが凡才よりも天才の方が有能だと言った?
どうして
どうして凡才ではいけないんだ?
凡才でいいじゃないか。上級魔法なんて使えなくていいじゃないか。
上級魔法を使える人が
‘中級魔法や初級魔法を凡人よりうまく使えるとは限らないではないか’
俺は天才であるのを辞めた。
上級魔法を使えるようになるのを辞めた。
だけど、誰よりも強くなることを諦めてなんかいない。
これは凡人の逆襲だ。凡人が中級、初級魔法の強さを見せつけること。
魔法ではなく、それを使う人の技術というものを見せつけることで
‘上級魔法が使える人が天才と呼ばれる世界への逆襲’
するのだ。
ソルが
‘上級魔法を使わずに勝つ’
これが俺の、俺が考える‘天才’の勝ち方である。
⭐︎
誰も何も話さない。
最初はナヤタを応援していた観客も、次第に声がなくなり、何も発さなくなった。
それはナヤタが上級魔法を使っているのに対して、ソルが使う魔法が全て中級魔法と初級魔法だからだ。
まるで‘上級魔法なんていらない’ああ言うような。
‘上級魔法がなくても強くなれる’と言われているような、そんな感覚に陥っていた。
そう。主要4属性の上級魔法を入学直後に使えるようになった‘天才’が‘天才を証明する上級魔法を使わない’のだ。
そして、上級魔法を使える、否、使えるようにされたナヤタが圧倒されたのだ。
異様な静かさの中、訓練場に教師の声が鳴り響く。
「そこまで!勝者ソルッ!!」
その言葉と同時に訓練場のドアが開かれる。
そこにいたのは学園長と宮廷魔法師が約20人ほど。
「今この場にいる全員手を頭の上で組み、膝をつけ。逃げ出すことは認めない。
…あぁ、レイとソル、あとは審判の君はしなくても良いぞ。」
学園長は俺らに対してだけ優しく言い、それ以外の観客に対して杖を向ける。
そんな状況で逃げ出そうとした1人の生徒が拘束魔法を受けて頭から転がる。
「こうなりたくなかったら大人しく従うのじゃ。」
この言葉で生徒たちは次々に膝をついて行く。ソルはこの急な展開に目を白黒させていた。だからここでネタバラシをする。
「最近上位魔法を使える人が多かっただろ?」
ソルはコクコクと頷く。
「あれは違法の魔道具の影響なんだ。簡単に言えば頭のリミッターを外してしまう魔道具。」
「それの何がダメなんですか?」
不思議そうに首を傾げるソルに俺は真剣な眼差しでいう。
「人間は魔力を使い切ると死に至る。これは常識であり、死なないように無意識中で魔力を制限しているんだ。けど、リミッターが外れたらそれが止まらない。自身の魔力以上の魔力を使おうとすると簡単に死んでしまうんだ。」
俺の説明を聞いてソルはハッとすると同時にこのネタバラシを聞いていた観客からヒッと息を呑む声が聞こえる。
「ここにいる人の多くは‘凡人’で上級魔法を使えずに劣等感を持った人達。そして、上位魔法を使えるようになると言う誘惑に負けた人がほとんどだろうな。」
観客に来ていた生徒の多くがその言葉で唇を噛みながら俯く。何か言い返そうとした生徒もいたようだが、口を開く前に宮廷魔法師の魔法によって口が塞がれる。
「天才は上級魔法を使える人ではなく、自分の力をうまく使える人だ。俺はそう言いたいんだ。」
これは俺の本心であり、誘惑に負けた生徒への施しでもある。この出来事があったあと、彼らがどうするかは彼ら次第だ。
中級、初級魔法で強くなるのも一つの道であり、諦めるのも一つの道である。そこまで面倒を見るつもりはないが、まぁ大丈夫だろう。
この学園に入学できた時点で彼らはエリートの1人であり、学園長の庇護下なのだから。
⭐︎
その後、ソルは杖を取り戻した。
しかし、杖は元の力をなくしており、元の杖とは言えない存在になっていた。
しかし、それでもソルはこの杖を使うらしい。
理由としてはもうソルには杖がいらないからだ。
杖は魔法を使う時に魔力の操作を補助する役割がある。しかし、本当に強い魔術師は魔力操作の補助などいらない。つまり、杖などいらないのだ。
俺は杖を使わなくてよくなるようにソルを育てたし、ソルも今はまだ上級魔法を杖なしで使うことはできないが、いずれ杖がなくても使えるようになるだろう。
また、その程度の補助能力は選抜の杖に残っていた。
だから変えるつもりはないようだ。
色々ひと段落ついたところでずっと気になってたことをソルに聞いてみた。
「ところで、なんで俺に魔法を習いたかったんだ?」
するとソルはキョトンとした顔から少し笑いこう言う。
「僕が出会ってきた全ての魔法使いの中でレイ先輩が一番魔力操作がうまいと感じたからです。」
「でも、そもそも俺はソルに魔法をまともに見せたことないと思うんだけど?」
「ふふ、それはどうでしょうかね。」
「…何その含んだ言い方。何か秘密あるだろ?」
「いーえ?何もありませんよ?」
はぁ、この天才は……
⭐︎
僕、ソル・アレキサンドライトは彼を初めて見た時から彼のような‘天才’になりたい。そう思っていた。
僕は8歳の時、母に連れられて王宮に来たことがあった。その時の僕は天才と呼ばれており、選抜の杖を使えるかどうかを試しに来ていたのだ。
8歳の僕は本当にわがままで、魔法の訓練はやらされていた状態で魔法は嫌いだった。正直選抜の杖なんていらないし、早く帰ってお菓子を食べたいと思っていた。
そんな時、僕よりも先に訓練場で選抜の杖を使っている人物がいた。
そう。それこそが僕の憧れであり先輩であり師匠であるレイ・ローフである。
レイ先輩は選抜の杖を使って中級魔法を軽々と使っていた。
その光景は僕にとって人生最大の衝撃だった。
どの魔法師も杖に魔力を集めて発射する。これが一般的であり、僕もそれが当然だと思っていた。
しかし、彼は体の中で魔力を練り、ほとんど杖を使わず魔法を使っていた。
この時、僕は選抜の杖はもうレイ先輩が持って行くものだと思っていた。しかし、その予想に反して、彼は杖を放棄した。
後々聞いた話だが、その頃からレイ先輩は杖を使わずに魔法が使え、選抜の杖でも別の杖でも効力が変わらないからいらないと断ったそうだ。
彼が杖を使わないで魔法を使えるとは梅雨知らず、僕は彼の魔法を見ながら、彼がしていた魔力の操作の真似をしていた。
そんな僕に気づいたのか、レイ先輩は僕に話しかけにきてくれた。
「君、俺の真似してる?」
僕は憧れ(数分前から)に急に話しかけられ、緊張してしまい、まともに話すことができなかった。
それでも彼はそんな僕が言いたいことがわかったのか杖を僕に渡してこう言ってくれた。
「この杖を使いこなしな。そうすれば魔力操作できるようになるよ。」
そう言って彼は彼の両親の方へ行ってしまった。
後から彼が辺境伯のレイ・ローフとしり、彼がいるから学園に入ったのだが、それは別の機会にでも。
選抜の杖は体内で魔力操作をするのを助けてくれる杖で、体内での魔力操作をしなければ逆に魔法が打ちづらくなるものだった。体内での魔力操作は一般的ではなく、できる人が少ないため、「選抜」と言う名前がついたそうだ。
ナヤタに使われた時、彼の持つ大量の魔力を杖が一身に受けたせいで魔力操作の補助がほとんどなくなってしまったが、関係ない。
レイ先輩との思い出が消えるわけでもなく、僕にはもうこの杖の補助もほとんど必要ではない。
これからはこの杖をお守りとして使っていこうと思う。
元天才早熟魔術師による後輩育成 @reidan
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