第10話

「これで入るかな?」





 スーツケースを引いて優司が戻って来た。片手に持った濡れた雑巾と洗濯用の漂白剤を俺に投げてよこす。





「脚を折り曲げれば十分だろ。先に入れよう。一人で大丈夫か?」



「うん平気」





 スーツケースを開け璃子を抱き上げて中につめる。横向きで蹲るような格好で収まる璃子は人形のようだ。



 優司は感傷に浸ることもなく、スーツケースを閉めて俺に笑顔を見せる。



 現状は何も変わっていないが、死体が見えなくなっただけでホッとしている自分がいた。





「出来た! 後はどうする?」



「朝からの行動を知りたい。誰に会ったとか、優司と璃子ちゃんが今日、会うのを知ってる奴とか全部」





 俺が今、優司の家に来ているのは誰も知らないはず。埋めた後のことも考えて行動しないとすぐに捕まる。



 あらかた血を拭き取り、血だまりのあった部分に漂白剤を撒いて部屋の窓を開けた。





「凄い匂いだね」



「これで血痕が証拠にならなくなるって本で読んだ気がするんだ……戻ってからきちんと調べて処理しよう」





 こんな雑学が活かされる日は来て欲しく無かった。優司は感心したように目を輝かせて俺を見ている。



 俺は溜息をついて、質問の答えを促した。





「ゴメン。えっと、朝9時頃に璃子が家に来て……そう言えば今日誰かに会うからって言ってたかも」





 璃子の入ったスーツケースに腰掛け、優司が首を傾げて考えていると携帯電話が鳴った。





「僕のじゃないな……璃子の携帯だ」





 優司は置きっぱなしになっていた璃子のバックをひっくり返して、散らばった中から携帯電話を拾い上げた。





「美香からのメールだ。今日、璃子が会う約束してる子。電源切っておこうか?」



「返信してGPS切って履歴も消して……電源切るなら、優司の携帯も一緒に切れよ」



「はーい。璃子っぽく返信しとく。幸平って犯罪者みたいだね」





 楽しそうにメールを打つ優司を睨む。好きでこんな事している訳じゃない。



 まして、本物の犯罪者に言われたくない。





「何時から美香って子と約束してるんだ?」



「たぶん5時ぐらいって言ってた気がする」





 優司の返答はいつも曖昧。彼女との予定に興味がないんだろうか?



 女子と付き合ったことのない俺には、判断しかねる。

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