第53話

「人を切ったこともないんだろう? あぁ、切られたこともないか……最初で最後の痛みは苦しいか一瞬かどっちだろうねぇ」


 不健康な細い体からは想像も出来ない速さでマティとの間を詰めククリナイフが迷わず顔に振り下ろされる。寸前のところでなんとか後ろに下がり避けたが、ハラハラと金色のマティの髪の毛が空に舞う。


「意外と素早いね……なにか血が混ざってる子か。あぁ、面倒だなぁ」


「獅子族よ。人間の貴方よりずっと素早いし強い。面倒だと思うなら、リックを置いて消えたら?」


 相手の雰囲気に飲まれないように、安い挑発をしてみるがサディスは不気味に笑うだけで意に介さない。倒れているリックに目をやりながら、わずかな時間稼ぎにもならないかと内心焦っていたが悟られないようダガーを構えたまま引きつった笑みを見せる。


「強そうだ……本気でやらないと……あぁ、頭が痛い」


 両手に構えたククリナイフがひゅんひゅんと空を切り無数の斬撃がマティーを襲い、防ぎきれない斬撃に体の至るとこから血が滲みだす。なんとか隙を見て後ろに下がり距離をとり上がった呼吸を落ち着かせる。


(勝てる気がしないんだけど! 腐っても貴族。剣術はそれなりに教え込まれてるか……)


 疲労困憊のマティに対してサディスは息の乱れこそないが、ククリナイフ持ったまま両手で頭を抱えて叫びだした。


「目が良いのかな? 細切れにするつもりだったのに……これじゃ興奮して余計に眠れないじゃないか!!」


 どう見ても精神を病んでいるサディスに言葉での交渉は不可能だと腹を決め、自分に足りない剣術をどう補って相手を倒すか考えを巡らせる。


(あと私の戦力は魔術だけど……ダガーに魔力を込めたら一気に溶けて使い物にならなくなるし、不用意に街中で炎を飛ばせば火の海になる。リックにも危険が及ぶ……)


考えている間にも目の前のサディスは焦点の定まっていないような不気味な視線でマティを睨みつけ、ブツブツと何かを言いながらククリナイフを構えなおす。


「目を潰してから脚……獅子族の血肉は何かに使えるかな……」


 本物の殺気を感じ考えている間もなく、ククリナイフが遅い掛かってくるのを必死に避けるが、いつの間にか壁際に追い詰められていた。


「捕まえた……」


 顔にククリナイフを突き立てられるギリギリのところで避けると、壁にククリナイフが刺さり、近距離にいるサディスが舌打ちをする。武器が一本無くなり、この近距離をチャンスと見て魔力をダガーに込めサディスの腹部に突き刺す寸前にサディスの手がマティの首を絞め上げた。

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