譲れないもの

第52話

平静を装いつつ周囲に警戒して歩くことは思っている以上に疲労と時間がかかる。いつもなら、なんてことのない距離がとても長く感じリックも緊張しているせいか、繋いだ手も汗ばんで二人とも終始無言のまま歩いている。


 もう、視界にはアラステア王立学術院が見えているが、ちょうど折り返し地点と言ったところだろう。


「学術院まであと少しだけど、帰る場所が分かっていれば追手が待ち伏せしている可能性もあるから、この辺りでマロンに連絡入れよう」


 周囲を警戒しながら脇道に逸れて薄暗い路地に身を隠すように入り、二人そろって座り込むと大きく息を吐いた。わずかに緩んだ緊張に顔を合わせて笑いリックが一人立ち上がり他人の家の裏口のドアに向かい歩き出す。ほんの僅かな緩みに座り込んだマティの前を一人の男が通り過ぎる足元が見えた。


「久しぶりだね。リック・バーレスク」


声が聞こえ慌てて立ち上がり腰のダガーに手を添えてリックの元の駆け寄ろうとするが、一手早くフードを目深に被った男がククリナイフを取り出しマティを牽制しリックの襟首を掴む。


「動くな。ところで、君は誰かな?」


「あんたこそ誰よ!? その子を放して」


 襟首を掴まれたリックはフードの中の男の顔を凝視してワナワナと口を震わせながら男よりも先にマティの問いに答えた。


「さっ、サディス・デイビス」


「ちゃんと覚えていたね。あれから、なんど娼館に行っても君の両親の妨害で会えないし、行方も分からなかったんだよ……」


 フードを取ったサディスの顔は青白く目の下には濃い隈がくっきりと見え、どう見ても不健康そのものだ。マティはその姿に勝てると思いダガーを抜き飛び掛かろうとするが、デイビスがすぐに反応しククリナイフを身構えられ、なぜか足が竦んでしまう。


「やっと見つけたんだ……邪魔するなよ」


「リックをどうするつもり?! 


「煩いな……薬を作ってもらうんだよ」


 ぶつぶつと文句を言いながらククリナイフを構え、襟首を掴んだまま暴れるリックをものともせず引きずってマティの方へ進んでくる。通すわけには行かないが鬼気迫るようなデイビスに気圧され、後ろに下がりながら距離をとる。


(このままじゃリックを助けられない。戦うしかない!)


なんとか後ずさる歩みを止めたが、学術院での模擬戦など比べ物にならないほど初めて本気で人に刃を向けて戦うことに緊張でダガーを構える手が震える。


「邪魔するなら……あぁ、違う。もう邪魔だから殺すんだ」


 サディスの虚ろな目がマティを睨みつけるとダガーを構える手は更に震え、汗が吹き出し髪が逆立つ。サディスは乱暴にリックを壁に叩きつけ、咳き込むリックに「おとなしくしてろ」と声を掛けると背中からもう一本ククリナイフを取り出しニヤリと笑う。

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