第51話

「武器になるようなものはないけど軽い毒とかならこの薬草で押さえられるかな。後は……あっ、連絡手段ある!」


 なにか思い出したようにズボンのポケットを漁って銅の鍵を取り出すと路地の先に見えるドアに駆け出した。


「ちょっとリック!? 一人で勝手に動かないでよ……何よその鍵?えっ、そこ知り合いのお家とか?」


「鍵穴を借りるだけ。これ、マロンと一緒に作った緊急の時だけ使う鍵なんだ。学術院の外だから上手く繋がるか分かんないけど」


 連絡相手がケット・シーのマロンだと言うことに若干の引っ掛かりを覚えながらも、今はそれこそ猫の手を借りてでも情報を得る必要がある。リックが誰の家だかも分からない裏口だろう扉の鍵穴に銅の鍵を挿し込むと扉の一部がグニャグニャと歪み始めた。


「マロン!? 聞こえる?」

「……りっ……リック?! ど……どう……」


直径20cmほどの歪んだ空間から途切れ途切れにマロンの声が聞こえるがとても不安定なものだ。


「これって、空間移動するやつよね? どうなってるの?」


「学術院の内なら片方が扉の鍵穴にこれを差し込めばマロンと通信が出来て、マロンもどこかの扉に鍵を差し込めば簡易的なクロノスの扉みたいのが出来るんだけど、外だとマロンの力が弱くなっちゃうみたい」


「り、リック! どうし……たの?」


「学術院に帰ってるところなんだけど暗殺者に狙われてるみたいなんだ」


「あん……暗殺者?! た、大変! ど……どう」


取り敢えず、途切れた会話でも状況は伝えられそうなのでマロンにカリオを見つけて伝えて欲しいことをリックから伝えてもらい、鍵穴から鍵を抜き取ると空間の歪みも消えた。


「これって、学術院に近づけばもう少し感度良くなる?」


「たぶん。マロンに近くなれば」


「それなら、リックの家に引き返すより学術院に向かった方がいいね。途中でもう一回、マロンに連絡を取ろう。カリオ先輩にこの状況が伝わればどうにかしてくれるから」


 まだ連絡すらまともに取れずこの場に居ないカリオを思うだけで不安げだったマティの表情が明らかに安堵したものに変わった。


「そんなに信頼して大丈夫なの? カリオって赤い髪した筋肉男でしょう?」


 マティが訪ねてくる前に一度声を掛けられマロンが噴水の中に落としたのを思い出し大丈夫なのかと思ったが、それならマティも一緒かと苦笑いを浮かべて溜息を吐く。


「大丈夫、カリオ先輩はものすごく優秀で頼りになる人なんだから!」


「へぇ、大好きなんだね。贔屓目ってやつじゃないと良いけど……」


「なっ、何言ってんの!? 本当にすごい人なんだってば!!」


 赤い顔をして必死になっているマティを横目に路地の物陰から様子を伺いリックは一人で歩き出す。


「ちょっと! だから勝手に一人で歩かないでよ!」


「ここにずっと隠れてるより早く移動した方が良いでしょう? 学術院に向かう道は時間的にも、どんどん人通りが少なくなるだろうし」


「そうね……あと、この制服じゃ目立つよね。ジャケット脱いで腰に巻いてシャツのボタンをはずして、髪をこうしてっと」


 多少、制服感が無くなったマティの姿にリックも習ってジャケットを脱いでみるが、それ以上何もできず考えていると、リックの片目を隠してしまっている長い髪をマティが持っていたゴムで結んでしまう。


「あっ、可愛い! これだったらすぐにリックだって分からないかも。よし、急ごう」


 文句を言おうとしているリックを待たずに手を引いてマティは注意深く人通りの多い道に溶け込み歩き出した。

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