追手

第49話

「リック! 急いで帰ろう」


 部屋のドアをノックして返事を待たずに開けると椅子に座ってしょんぽりしているリックの姿があった。マティは苦笑いを浮かべながらリックのそばに歩み寄り目線を合わせる様に膝をついて声を掛ける。


「大丈夫? ジュディさんの所在については、少し待ってもらえることになったよ」


「そう……」


 視線も心もここに在らずの状態のリックの手をマティがギュッと握り自分に意識を向かせて目が合うと微笑んだ。


「ジュディさんのこと許せない?」


「小さな頃から僕のことを可愛がってくれてジュディのこと家族みたいに大好きなんだ……僕が大切に作った薬は身体の負担を軽くする善いものなのに、何で悪いことに使うの? 僕が薬なんか作らなかったら……」


 ネガティブモードに入っているリックにマティは笑い声を立てて首を横に振って見せ、項垂れるリックの頭を撫でてから腰に下げている護身用のダガーを抜き取って見せた。


「このダガーも私が人を殺そうと思えば殺せるし、果物の皮を剥いたり色々な使い方が出来る。純粋によく切れて刃こぼれしないダガーを作りたかったのか、多くの人を切り裂けるように作ったのかなんて職人の意図は知らないけど、よく切れて刃こぼれしない良いダガーってことが真理。リックが人を思って優しい気持ちで作った薬なら胸を張っていいんだよ。後は使う人の責任でリックがそこまで責任を感じることはないんだよ」


「でもさ、僕が薬を作ってなかったらジュディがこの部屋で材料を手に入れることもなかったでしょう?」


「それ言いだしたら、ジュディさんがこの娼館に売られてこなかったらとか、リックのお家が高級娼館じゃなかったらとかって話になってくるよ。何かが起きるときは起きるし、起きてしまった事はどうしようもない。だけど、同じことを繰り返さないように人は学ぶんだよ。ほら、今度は何か毒に変わらない薬を作るとか……リックが胸を張れる薬を作ればいいだけだよ!」


 マティの言葉にリックがポカンと口を開けて瞬きをし、何か吹っ切れたように笑いだした。


「マティって頭が良いんだか悪いんだか分かんない変な人だね」


「失礼ね!? リックはやっぱりクソガキね」


 顔を見合わせて笑い合い、いつもの調子にもどったリックが椅子から立ち上がり膝をついてるマティに手を差し出して立ち上がらせる。


「今度はマティの方をだね……会って症状を見てからになるけど」


「その前にデイビス家の方を調べてるから、リックのご両親にも一応は話をしておきたいんだけど……今日も居ないのかな?」


 昨日も兄のステムだけで両親の姿はなく、娼館の営業は日が暮れてからが本番なのは分かるが馴染みのないマティには娼館のタイムスケジュールは良く分からなかった。


「夜にならないと両親は帰ってこないよ。日中は外回りをして夜の客やどこの貴族がお金に困ってるとか話してるんだって」


「営業か……夜だと直接会ってお話しするのは難しいそうね。何事もないとは思うけど、耳には入れとかないと……ステムさんに話して伝えてもらうしかないか」


 リックは部屋にある薬草を数種類選んで鞄に入れ、帰り際にステムにいま秘密裏に動いていることを告げ、デイビス家の方からなにか言われようとも何も知らないふりをして欲しいと頼んで娼館を出た。

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