カリオ・ゼルビーニ

第36話

「いっ、痛っ……あのクソ猫!!」 


 マロンが作った空間の歪みは前のように馬糞の上でこそなかったが、突き飛ばされた上に石畳の50cmほど上でバランスを崩したマティは盛大に転げ落ちた。建物内だというのは瞬時に分かったが場所までは分からず、打ち付けた膝を擦りながら周り見回していると背中に声を掛けられる。


「マティ? こんなところで何してるんだ?」


「えっ? あれ、カリオ先輩こそなんでここに……ここってまさか……」


「紅玉館の食堂前だぞ。狐につままれたみたいな顔して……休憩にお茶しに来たところだからマティもどうだ?」


 マティは取り敢えずカリオの部屋ではなかったことに安堵して立ち上がると制服を払い、丁度良かったと頷いてカリオと食堂に入り、飲み物を買ってもらい窓際のテーブルに座る。


「いただきます! はぁ~落ち着いてきた」


「リック・バーレスクに会えた?」


 カリオは意地悪そうな笑みを浮かべているのを見ると、まだリックに会えていないと思っているかもしれない。すでにリックとは友人になり、娼館に行って媚薬の調査まで進んでいる事をマティが得意げに話すとカリオは目を丸くしてからマティの頭を撫でる。


「凄いなマティ! よしよし、良くやったぞ!」


「こ、子ども扱い止めてくだ……頭が捥げそうなんでやめてください!」


 力いっぱい頭を撫でられ喜びや恥ずかしさの前に頭が無くなるんじゃないかという不安にカリオの腕を掴んで止めさせた。


「悪い。それにしてもどうやってリック・バーレスクと仲良くなったんだ? あいつやっぱり女好きだったか……」


「別に女好きじゃないです! 貴族嫌いの人見知りではあると思いますけど……根は良い子ですよ」


「貴族嫌いね……それで、どこまで分かった?」


 脚を組んで優雅に珈琲を口へ運ぶカリオの姿に見惚れてわずかに頬を染めたマティは俯いて髪を整えるふりをして心を静めてから顔を上げる。


「報告する前に、知りたいことがあります。依頼者は誰ですか?」


「匿名じゃ答えられないってことか……そうなると、デイビスの名前が出てきたわけだ」


「デイビスの名を出すってことはカリオ先輩も、リックの事情はある程度知ってる感じですか?」


 お互いに探り合いながら自分たちの抜けているピースを埋めて状況を組み立てていくような会話をするのは、カリオが素直で真っすぐなマティに教え込んだ警戒心の一つだ。

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