第32話
「ねぇ、リックもう少し早く歩けない?」
「門限? 僕のことはほっといて先に帰っていいよ」
マティ一人なら早歩きでなんとか寮の門限には間に合いそうだが、リックの歩幅では手を引いて歩いてもギリギリ間に合うかどうか怪しい。
「一人でなんか行けるわけないでしょう!? そうだ、ちょっといい」
返事を聞く前にリックと繋いでいた手を離し腰のあたりに手を回して小脇に抱える。
「なに?! 下ろしてよ! 僕のことは良いから……」
「急ぐから我慢して!」
呼吸を整えて脚に力を入れると、マティは人込みをスルスルと避けて猛スピードで走り抜けていく。リックがそのスピードに驚いているうちにアラステア王立学術院の門が見えて来て、門の手前で声を上げた。
「門に入ったらすぐに右に曲がって!」
「えぇ! クロノスの扉に直行したいんだけど」
「いいから曲がって」
走ったことで時間に余裕があったのでリックに言われるがまま右に曲がって止まってリックを下ろすと、付いて来いと木で隠れた門柱に向かう。周りの様子を確認して、猫が描かれたメダルが埋め込まれている近くをリックがノックする。
「ねえ、マロン! 帰ってきたよ」
猫が描かれたメダルが光だし小さな扉が現れて開くと、中からケット・シーが飛び出してきてリックに抱きついた。
「おかえり~! 今日は一日、退屈でず~っと寝てた……あれ? うんこ女がいる」
リックを抱きしめながらマロンがマティの存在に気付き、毛を逆立たせる。
「マロン大丈夫だよ。うんこ女はマティ・コッカーっていうんだ。僕の友達」
「にゃっ、にゃんだって!? 脅された? 僕はうんこ女なんて嫌い!」
マロンの毛が更に逆立つとグニャグニャと空間が歪み渦を巻きが円形に広がっていく。マティは嫌な予感がして一歩後ろに下がると、リックが両腕を広げてマティの前に立ちマロンに話す。
「落ち着いてよマロン。マティは意外といい人間だよ。それに、今は僕の荷物を運んでもらってるからどこかに飛ばされると困るよ」
微妙に庇われているのかどうか判断に迷うリックの言葉に苦笑いを浮かべてマロンの様子を伺うと、歪んだ空間がみるみる小さく萎んでいくのと一緒にマロンの耳や尻尾もしょぼんと垂れてしまう。
「本当に? 僕は好きじゃないけど……」
「うん、大丈夫。それより、紅玉館に繋げてくれない?」
「分かった……」
完全には納得していない様子のマロンは、マティを睨みつけた後に渋々といった様子で再び空間を歪ませた。
「ここを通ればすぐ紅玉館だよ。荷物と……今日はありがと……」
俯いて恥ずかしそうに御礼を言うリックに、かがんで媚薬の入った箱を渡して微笑んだ。
「うん。私は、あのクソ貴族を調べてみるよ。毒だって騒いでる依頼者もはっきりさせる。近いうちに連絡するから、薬の方はよろしくね!」
すっかり少し生意気だが可愛い弟が出来たような気持で更に頭を撫でようと手を伸ばすと、マティのお尻にマロンが体当たりをして、歪んだ空間にマティを突き飛ばした。
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