第26話
「さっきジュディさんが人の客を取ったようなことを言ってたけど、そういうことって普通のことなの?」
娼館のルールなどまったく分からないマティは何も答えないミリーの代わりに、どちらに問うわけでもなく疑問を口にした。ミリーは少し顔を上げるがまだ口を開く様子はなくリックが頷いて話す。
「お客は一人を指名したら特別な理由がない限りは替えることは出来ないルールになってる。借金の管理や娼婦同士で喧嘩にならないようにってこともあるし、身請けもあってうちはこちらから断ることも出来る様になっているからお互いを知ってここを出た後も生活できるようにって考えてる。だから身分が分からにような変な客もいれてない」
「じゃあなんでジュディさんはあんなこと言ったの?」
二人の視線がミリーに集まるが唇を強く噛み何も言わない。顔色も悪くなりはじめていたので、無理に聞くこともできずマティはミリーの背中に手を置いて横になるように促す。
(よほどの理由があるのかしら?)
本当は聞きたいが体調回復が優先だとリックを見ると、メモをポケットにしまいミリーの額に手を当て脈などを計っていく。
「熱はどれぐらい続いてる? 他に体の不調はない?」
「熱は一週間ほど続いてます。動けない程では……あとは平気です」
「それじゃ、熱を下げる薬を後で渡す。僕は医者じゃないから少し良くなる助けをするだけだよ。兄にも話しておくけど、少し良くなったら医者に診てもらってよ。あと、大切なことだから隠さずに話して欲しいんだけど、誰の相手をしてから具合が悪い? 相手をしたときに媚薬やその他の道具は店から出ているものだけを使った?」
ミリーの顔色が更に悪くなり、怯えているようにも見えてマティが咄嗟に助け舟を出した。
「顔色も悪いし、少し休ませてあげない? ジュディさんが待ってるしその後にでも……」
「話してくれるなら、僕は別に後で構わないけど……それじゃ、ジュディの部屋に行くか」
すんなりとリックが引いてくれたのでマティもホッと胸を撫で下ろし、ドアを出ていくリックの後を追おうとすると袖を引かれて止められる。
「あの、マティさん。ありがとう……」
「気にしないでゆっくり休んでください」
「あの……その……」
マティの袖を掴んだまま、何かを言いたそうに口をモゴモゴしているので近くの椅子に腰を下ろして小声で話す。
「なにか話したいことがあるなら聞きますよ」
「ありがとう……」
マティの笑顔に安堵したようにミリーは涙を流して何度も「ありがとう」苦しそうに繰り返す。いくら待遇が良いと言っても借金の糧に自由を奪われ、体を売らなければならない仕事は想像以上に心身ともに辛いのだろう。ましてや、ミリーはまだ新人で心の整理が出来ていない部分もあるのかもしれない。
「はい、ハンカチどうぞ。息が苦しくなるから少し起きましょうか? ドア閉めてくるんでちょっと待ってください」
ハンカチを渡して袖が解放されたマティは開いたままになっているドアを閉めに立ち上がり廊下を除き、別のドアの前で待っているリックに片目を瞑って合図してドアを閉めた。
「お水いれますね」
ベッドサイドに置かれた水差しを取りコップに注ぎミリーに手渡しながら椅子に腰かける。ミリーはコップの水を半分近くまで飲み、やっと落ち着いたように小さく笑顔を見せた。
「ごめんなさい。あの……ちょっとリック君には話し難くて……」
「リックから生々しい言葉を聞くと、なんだかこっちがいけない事してるみたいで変な感じがしますよね」
「フフッ、それもあるけどやっぱりオーナーの家族だから……」
まだ娼婦達とはあまり良い関係を築けていない様子のミリーにとって、害のない話相手は娼館事情など皆無のマティしかいなかったのかもしれない。
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