デイビス・サディス

第22話

「リック!?」


 呼びかけて追いかけようと手を伸ばすが、ステムの手はすぐに降ろされて溜息を吐く。苦笑いを浮かべながらマティにぽつりぽつりと話しはじめた。


「すみません。リックは素直で優しい子なんです。マティさんはもう知ってると思いますが、リックは薬を作ることに関して抜きんでた才能を持っています。たまたま、それを知った客の一人がこっそり、リックに三日位、眠れる薬が欲しいと頼んでいたそうなんです。リックにとって睡眠薬を調合するなんて簡単なことで、すぐに作って渡してしまったんです」


 店で使うような薬は当然、作るのも使うのも許可が必要だが決して薬を作る本人が所持しなければならいものではない。店の代表者が一人持っていればいいので、幼いリックが才能を生かして薬を調合していたのだろう。ステムは一度大きく息を吐いて、悔しそうに顔を歪めて続きを話す。


「薬の効き目は抜群でその客は三日三晩目覚めなかった……」


「えっ、三日三晩? 調合に失敗したってことですか?」


「いや、リックから話を聞いたら三日位、三日間眠れる薬が欲しいと言うから作ったのだと……優秀であってもまだ、幼い子供です。言葉の意味を取り違えてしまったんです。客は三日分の夜だけ眠るための薬を頼んでいたので、三日間も起きないことに調合に失敗したのではないか、毒を盛ったのではないかと騒ぎになってしまいリックの身を案じて学術院に入学させてしまったんです」


 ここに来る客は貴族で、くだらないプライドを持つ者もいて躊躇いなく人を殺す輩もいる。マティも自分の意志とは無関係に命を守ると言う一点で学術院に入学させられた一人なので、どちらの事情も分かる。分からないのは頭のいいリックがこの事情を理解せずに家族を嫌っていることだ。


「あの、その客は目覚めたんですよね? リック君なら命が危ないから学術院に入学させた家族の気持ちを十分に理解できると思うんですけど……何も話してないんですか?」


「理由をちゃんと話しても、リックは殺されてもいいから家に残ると言って聞かなかったんですよ。それで、父親が店にも家族にもお前がいると迷惑なんだと追い出す形で学術院に無理やり入学させてしまったから……家族に裏切られたと思っているんじゃないかな」


 確かに、小さな子供なら家族に囲まれ自分の絶対的な味方で守ってくれると信じていたのだろう。だが、無駄に財力と暇のある貴族に狙われることほど厄介なことはないのも事実で、念には念をいれて考えたリックのご両親の判断は正しいと言える。


「もう少し時間がかかるかもしれないですね。でも絶対、家族の判断が正しかったと理解できる日が来ます。あと、ちなみにその客の名前を教えてもらえませんか?」


 顧客情報だと教えてもらえないかと思っていたが、ステムは以外にもあっさりとマティに名前を教えた。


「デイビス・サディス……」


 一応、知ってしまったからにはデイビス・サディスがどんな人物か調べて出来る対処しようと考えていた。マティは己の身は自分で守るというのがゼレストラードのコッカー家に生まれてしまった宿命だとも思っているので、学術院でそういった術を身に着けて生きていくことが当たり前だと思っているが、リックは違う。


 貴族の気まぐれで突然、狂わされてしまったのだ。

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