第20話
「初めまして。リック君と同じ学術院の7学年です」
「初めまして。僕はリックの兄でステムと言います。えっと……見学ってことは就職活動かな?」
「ち、違います! リック君の友人で、遊びに来たんですけど……」
薬の調査をしに来たと言うのは、リックの家族に話すべきことではないだろうと当たり障りなく挨拶をするが、ステムは目を見開きマティの手を取る。
「そうなの? リックの友達なんだね。よかった~。さっ、中に入ってリックの話を聞かせてよ」
満面の笑みでマティの手をグイグイ引いて家の中に引き入れられ、客間に案内されて座らされてしまう。
(お兄さんと話してる暇はないんだけどな)
家にお邪魔している以上は邪険にも出来ず、苦笑いを浮かべたままステムが出してくれたお菓子と紅茶をご馳走になるしかなかった。
「リックは学術院ではどんな感じ? あっ、でも君とは学年が随分違うけど……リックは年上の方が付き合いやすいからか」
リックとはだいぶ年が離れている兄弟の様だが、リックと違ってとても愛想がよく男性だが可愛らしい印象を受ける。
「まだ、友達になったばかりで……私の知る限りでは先生からの評判はいいみたいですよ」
「そうなの? リックは僕と違って優秀だからね。家の家業のことで、いじめられたりしてないか心配だったんだよ。手紙を書いても全然、返事はないし帰って来てもあの通りだからね……」
ステムの様子から弟を溺愛しているのがよく伝わるが、リックの方はあまり家族をよく思っていない様子だった。
(家族間の問題には触れない方がいいか)
友達だと自己紹介をしたものの実際は知り合い程度で、リックのことなど正直クソガキと猫を被るのが上手い以外に知っていることなどほとんどない。ボロが出る前に席を立ちリックのもとに行こうと考えていると、急にステムが深刻そうな声音で話し出す。
「リックは僕や家族を恨んでるんだ。だから、今じゃリックが何を考えてどうしているのか一人きりで学術院の寮に入って寂しいんじゃないかって心配で仕方ないんだよ。だからさ、マティさんが毎日……2日に一回。いや、我慢して一週間に一回でもいいからリックの様子を手紙で知らせてくれないかな?」
(嫌です。一ヵ月に一回でも面倒くさい)
切羽詰まったようにマティの手を握って懇願してくるステムに、苦笑いしかできずにいると部屋のドア付近から声が上がる。
「なにしてるの兄さん。二人で手なんか握り合って」
「握り合ってないよ! リックのお兄さんが……」
マティが理由を説明しようとすると、ステムが阻止するように口を押えヘラヘラと笑って話す。
「マティさんが仲良くなるために文通したいっていうから握手して挨拶してたんだよ!」
(いやいや、違うでしょ! 文通したくないし)
口を押えるステムの腕を掴み引き剥がして睨みつけたものの、それ以上はなにも言わずに苦笑いを見せた。
「へぇ……兄さんはまだ独身だよ。ただマティさんは貴族だから、うちの店に嫁にくるのは難しいかもね」
「えっ、マティさん貴族なの? なんでリックが友達に……」
兄弟に置き去りにされたまま嫁ぐ話をされ、呆れた様子のマティをよそにステムは貴族という言葉にリックと同じような反応を見せた。ここは高級娼館で貴族なんか珍しくもないだろうし、客になり得る人とも言えるマティを困惑した表情で見ている。
(なんなのよこの兄弟は)
「それよりも兄さん。最近、体調を悪くしてる子って誰? それと、その子が最近、相手をしていた客のリスト見せてよ」
「それは良いけど、薬のほうが優先で……ちょっと待ってて!」
言い淀むステムにリックがひと睨みすると慌てて言われたものを取りにバタバタと部屋を出て行った。
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