高級娼館

第19話

ノートラムの東にあるエルツィと言う街にある。歓楽街と言うこともあり、朝はそこまでの人通りはない。身長差のある二人はもちろん歩幅も違い、マティが小さなリックを気遣ってゆっくりと歩いていた。


「あれ? リックちゃんじゃない!」


「こんにちは」


 酒場の女将が孫でも見つけたかのように満面の笑みでリックを迎え、隣にいるマティを訝し気に見る。


「新しい娼婦の娘でも連れてきたのかい?」


「えっ、違いますよ!? 私はリックの友人で……」


「見学したいって言うので、連れてきたんです」


 慌てているマティの横でニッコリと愛らしい笑顔を酒場の女将に向けて、間違いではないが誤解を含む返答をする。学術院からここまでの道のりで一度も笑顔を見せずにマティが気を使って話掛けようと、煩そうに仕方なく返事をするぐらいの反応だったのに。


(猫かぶり!)


 酒場の女将はすでにマティのことには興味がなく、リックに自分の両手を見せて御礼を言う。


「リックちゃんに貰ったハンドクリームすごく良かったよ! ほら、手荒れが綺麗なもんだろう? ありがとうね」


「良かった! 無くなったらまた言ってください。ほかに、使い心地でなにかあれば言ってくださいね」


「そうだね……強いて言うなら香りが気になるかな。ほら、商売で食材を扱うだろう? 調理の時は手を洗うけど少し気になるんだよ」


「分かりました。次のは無香料にします。参考になりました、ありがとう」


 また、人好きのする笑顔を見せて頭を下げると酒場の女将は、たまらないといった様子でリックを抱きしめて御礼を言った後に、店の奥からお菓子の入った包みを持ってきてリックに持たせる。


「今度はご飯食べにおいで! そんなやせっぽちじゃ駄目だよ。リックちゃんは成長期なんだから栄養のあるものいっぱい食べないと」


「大丈夫、ちゃんと食べてるよ! でも、おばさんのご飯は美味しいから食べに来るよ」


 目の前の酒場の女将とリックの会話をぽかんと口を開けて見ていたマティの上着の裾をリックが引っ張り「行くぞと」目で訴えていたので頭を下げて歩き出す。見事な猫かぶりにマティはリックを珍獣でも見る様に見下ろしていると、視線に気づいたリックが睨む。


「なに?」


「いや、外面いいんだなって」


「別に普通でしょ? すぐそこが僕の家です」


 なかなか高級感がある建物の横にある細い脇道を入り表門とは違い普通の扉をノックすると、リックによく似た細身で長身の男が出てきた。


「リックじゃないか!? お帰り……その人は?」


「マティ・コッカーさん。うちの見学?」


 素っ気なく長身の男の脇を通ってさっさと中に入ってしまい、残された初対面の二人は取り敢えずの挨拶を交わす。

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