第18話

「バーレスク家の娼館で使っている薬を作っているのがリック君じゃないかって噂を聞いて本当かどうか確かめに来たの」


「それを聞きに来るってことは、媚薬が欲しいか違う問題のほうか……どっち?」


「問題の方よ。それよりさっきの質問に答えて」


「娼館で使う媚薬を調合してるかどうかって質問ですか? それならYESでNOです」


「どっちよ!?」


「僕は学術院に入学させられてるんです。実家の媚薬の調合なんて出来るわけないじゃないですか。ただ、調合レシピは僕が作ったのを使っていると思いますよ。ところで、問題を抱えてるのは誰なんですか?」


 おそらく、手紙の内容にも媚薬に問題があったことが書かれていたのだとしたら、勿体ぶって腹の探り合いをするよりも、さっさと話して解毒剤を作ってもらう方が良いはずだ。


「9学年の生徒で媚薬で体調を崩して……」


「貴族ですか? 体調は? 本当にうちの娼館で扱う媚薬を使ったんですか?」


 言葉の途中でリックの目が鋭くなり、食いつくように質問を続ける様子にマティは驚いて動揺してしまう。


「たぶん貴族。私も一人挟んで依頼されてるけど、媚薬は確かに娼館の物で体調は寝込んでる」


「フンッ! 一人挟んでいて、大して体調の詳細も分からず媚薬だけはうちの物だって? 貴族の奴が僕の媚薬に難癖付けてるだけじゃないの?」


「いや、でもね……毒だって騒いでるから早く解決したほうが双方良くない?」


「僕ならこんな面倒なことにならないように確実に殺せる毒を作ったのに」


 なにか危ないスイッチが入ってしまったようなリックの様子にマティは、たじろぎ言葉を失いがらも何がリックの怒りに繋がっているのか考える。


(貴族かな? 恨みでもあるのかしら?)


 だが、実際に具合を悪くしている者はいるので毒の犯人は置いておいても、秘密裏に解毒剤を作ってもらえるなら問題の半分は解決する。


「解毒剤は作れるの?」


「さぁ、作れても作りませんけど」


「何でよ!? 苦しんでる人がいるから助けてくれても良いじゃない。それなりの御礼もしてくれると思うし……」


「貴族の奴がどうなろうと僕には関係ない。ただ、薬には興味があるので今日は実家に行って確かめてこようとは思っていましたから……なので、帰ってください」


 寝癖の頭を手櫛で整えながら、着替えをしにクローゼットに向かうリックの背中をマティは睨みながら口をとがらせて考えた後に声を上げた。


「私も一緒に行く!」


「別にいいですけど、どこに行くか分かってます?」


「分かってるよ。リックのお家でしょう? 準備が済むまでここで待ってるから早くね」


 リックはまだなにか言いたげだったが、マティが後ろを向いて部屋を物色し始めたのを見て、部屋の物に触れないようにだけ注意をして準備を始めるが、すぐにマティに邪魔される。


「これって、マンドラゴラよね? 水栽培もできるんだ……でも、個人で育てていいんだっけ?」


「実験観察するために部屋で栽培する許可は取ってある。僕の部屋に勝手に人が入ることの方が困るんだよね」


 嫌味っぽくマティを睨みつけて話すが、けろっとした表情でリックを見てニヤリと口元に嫌な笑みを浮かべる。


「これって危険植物だから許可されてるのは精々、3株程度。明らかに多すぎじゃない?」


 棚に並んだマンドラゴラは軽く見ても10株以上はある。毒性もあり使い方次第では人も殺せる薬草をいくら実験観察するためと言ってこんな大量に個人の部屋で栽培が許されるはずがない。だが、リックも慌てることなくしれっと答える。


「植物は増えますから仕方ないんですよ。増えた分のことは何も言われてないから知らない」


 着替えを終えたリックは横掛け鞄に棚からいくつかの小瓶とノートを入れて準備を終えると「行きますよ」と声を掛けると、マティは笑みを浮かべてリックの頭を撫でた。


「寝癖がはねてるよ」


 振り払われるかと思ったマティの手は素直に受け入れられたが、ジッと下からマティを見上げる紫色の瞳にドキリとしてマティから手を離した。


「直った?ありがとう」


「うん……それじゃ行こうか!」


 小さくて生意気な少年ごときに惑わされている場合ではないと、マティは余裕ある大人の笑顔を向けてリックの部屋を出た。

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