第3話

「その場所ってどこなんですか? ちゃんと話してもらわないと動きようがないんですけど!」


「マティも成人してるしな……うん。ノートラムの東にあるエルツィって知ってるだろう? そこの高級娼館で毒を盛られたって話で……」


「待ってください。それ、毒とかなんとかより立派な校則違反ですよ。協力したくないんですけど」


 気遣って話すのを躊躇った高級娼館よりも校則違反していることに引っ掛かるマティにカリオは思わず笑ってしまう。マティの意外と生真面目で度胸があって動揺せずにちゃんと物事の判断ができる辺りをカリオは気に入っている。

 

 それに加えて好意は持っているっぽいがカリオに対して恋愛感情をに口に出すようなこともない。異性の駒と言うのはその部分が難しく、気安く扱おうものなら思わぬトラブルを引き起こし、割り切った関係はなかなか続かないのをカリオは身をもって知っている。それを思えば、ただ同郷でオヤツを与えて可愛がっただけで予想以上の働きをしてくれるマティは拾いものだ。


(最近は見た目もすっかり女性になって綺麗になってきたが、マティはまだ恋愛よりオヤツに夢中って感じだもんな)


 ドードーの唐揚げを美味しそうに頬張るマティの成長しても変わらない可愛らしさに思わず微笑んでいると、マティが怪訝な顔でカリオを睨みハッとした表情に変わる。


「もしかして、カリオ先輩もそういう……娼館とか出入りしてるんですか⁈」


 マティの髪を止めているバレッタが軋み今にも爆発しそうな髪の様子にカリオは、ぶはっと噴き出して首を横に振った。


「俺はそんな店に行くほど困ってない。調べてほしいのはその高級娼館で使われている媚薬なんかを調合していた奴がいるらしいんだが……」


「学術院生なら許可なしで調合してるってことですよね?作れる知識から高学年ですかね?」


「2学年だ。まぁ、だから噂自体も怪しいから本物かどうかってところからかな」


 話を聞いていると、どうやら丸っきりどこの誰だか分からずに人探しから行う依頼ではないらしいことにマティは肩の力が抜け、椅子の背もたれに体を預けて残っているドードーの唐揚げを口に放り込む。


「どこの誰だか分かっているならカリオ先輩が会いに行けばすぐ解決案件じゃないですか。私も忙しいんで、今回は……」


「いや、俺だって横着してマティに頼んでいるわけじゃない。捕まらないんだよ」


「どういう意味です? だって休憩時に直接寮にでも行けば会えますよね?」


 学術院は全寮制で6つの寮に分かれている。マティとカリオは騎士道学部の多い紅玉館で生活をしているが、探している相手はおそらく魔術学部や魔術工学の生徒が多い寮だろう。


 広大な学術院内を移動するクロノス扉に全生徒が所持する銀製の鍵を使えば、移動は簡単だ。ごく稀に、門番のケット・シーにわけの分からない場所に飛ばされる。ただ、カリオは9学年でそんなことは百も承知で、顔もきいて大体のことはどうにかして解決してしまう印象があるだけに、マティはカリオに捕まえられない人物に興味がでてきた。


 カリオは、げんなりした様子で顎肘をつくとマティのオヤツである最後のドードーの唐揚げを食べて、アッと小さく声を上げて残念そうなマティの様子を見てから話し出す。


「魔術工学薬剤学科2学年のリック・バーレスク。寮は蒼玉館。学術院内で俺が探して捕まらないなんて初めてだ……クソッ」


「卒業間近の汚点……私がカリオ先輩の汚点を拭うってことですね!


「マティの汚点にもならないように期待してる。詳細は一応、書いといたから」


 マティの嫌味も軽くかわしてカリオはポケットからメモを取り出してテーブルの上に置く。


「いつものことなので、深く聞きませんけど……あんまり危ないこと私にさせないでくださいよ!まだ、卒業まで2年もあるんですから。途中退学なんてなったら国にも戻れなくなります」

何度かカリオの頼みで危ない橋を渡って、要領は心得ていても今まで運が良かっただけだと言えなくもない。怖いから引き受けないとはマティのプライドもあり、口に出すことはないが一応、危険がないのかどうかの確認しておく。


「心配するなよ! マティが退学になったら先に国に戻る俺がいるんだから問題ない。マティ一人ぐらい面倒みてやるよ」


 豪快に笑いながらマティの頭を撫でてカリオは何でもないことのように言うが、マティは熱が上がってくる顔を隠すのに俯く。カリオのこういった狙ってるのかなんなのか分からない言動にいつもマティは試されている気がして嫌なのだが、はっきりと文句が言えない。


「そ、そうですか……リック・バーレスクが調合師かどうか、もしそうなら解毒剤を作ってもらうってことでいいんですよね?」


「そうそう、なんかあったら連絡してくれ。頼んだぞマティ」


 頭を撫でられ俯いたままのマティが頷くとカリオは撫でていた手を放し席を立ち、食堂を後にした。マティはカリオが置いていった校章を握りしめて俯いたままテーブルに突っ伏して顔の火照りを覚ましながら、アッと声を上げて起き上がる。


「剣のアドバイス貰えばよっかた」


 同じ寮だとしても9学年のカリオとはあまり顔を合わせることがない。今日のように用事があるときにふらっと現れたり、手紙を配達カメレオンで送ってきたりするので本人に会うのは言うほど多くない。学年が上がりマティ自身も忙しくなったこともあるが、卒業間近の忙しいカリオに会えたのは本当に久しぶりだったので、もうちょっと話をしたかった。


「仕方ないか……メモを確認してさっさと片付けますか!」


 時計を見て立ち上がり、次の授業は座学なのでこのまま北棟の図書室に向かおうとクロノスの扉に向かった。

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