第十四話 剣の雨

 地面に刺さった聖剣のうちの一本を手に取る。


 片手両刃の直剣。属性はなし。


 相変わらずフェーズⅠの聖剣には違いないが、その錬成精度は、これまでとは段違いだった。


 造形の細かさに、聖剣の強度、そして本数。どれをとっても、以前までとは比べものにならない。


 炎を防ぐために降らせた聖剣だけでも、全体からしたらごく一部。上空には、まだ数十本の聖剣が控えている。


 手に取った聖剣を一目して、ディクスは勝利を確信した。こちらが手にしている圧倒的物量が、ワイバーン単体の戦力を上回ることが、用意に予測出来たのである。


「続けるか? 引くなら今だぞ?」


 一応、ワイバーンにそう問いかける。


 言葉が通じないのはわかりきっているが、勝敗が決したこの状況でワイバーンに取れるのは、逃げるか、破れかぶれで突貫するかの二択。


 ワイバーンは一般の魔物に比べて知能が高いので、無理に戦うことはないだろうが。


 それでも、予想に反し、ワイバーンは咆哮をあげて飛び掛ってくる。まるで何かに追い立てられるように。


 無益な殺生は好まないが、こちらの命を奪おうと向かって来るならば、迎撃せざるを得ない。すぐに上空に待機させてある聖剣を操り、降り注ぐ雨のように、聖剣を地面に向けて放った。


 次々にワイバーンの背に、翼に、尻尾に突き刺さっていく聖剣。ズタズタになった翼から揚力が消え、ワイバーンは地に落ちる。


 しかし、その程度でワイバーンは止まらない。


 地面に突き刺さった聖剣を全身で薙ぎ払いながら、こちらに突進してきた。


(そうまでして、俺を殺したいのか?)


 どんな理由があるのかは、ワイバーンのみ知るところだが。命を懸けて向かって来る相手に、手を抜くようなことは出来ない。


 ここは今出せる全力を持って、受けて立つだけだ。


「わかったよ! お前の覚悟は受け取った! だから、これでおしまいにしよう!」


 地面に刺さった聖剣を再び操って、自身の周囲に配置させ、右手に持った聖剣を振りかざして、こちらからもワイバーンに向けて一歩を踏み出す。


 ワイバーンの頭部目掛けて全力で振り下ろした聖剣の一撃。そしてそこに、周囲を舞い踊る無数の聖剣による多角的な多重攻撃を組み合わせ、現状における最大の攻撃を、相手に叩き込んだ。


 全身を斬り刻まれたワイバーンは、最後に特大の咆哮をあげて、そして力尽き、その場に倒れ伏せる。


 誰の目にも明らかな、オーバーキル。こちらも命がかかっていたとは言え、無残な殺し方をしてしまった。


「悪いとは思ってる。けど、それでも俺は前に進まないと行けないんだ」


 白目を向いて絶命しているワイバーンに近づいて、その両の目のまぶたを、そっと閉じてやる。


 人間と魔物が相容れないと言っても、互いに生物であることに変りはない。生活圏さえ被らなければ、共存も可能だという意見も、一部にはあるほどだ。


 それでも、聖剣錬成士ソードブリードを目指す以上は、これから先もこういったことはあるだろう。魔物の死に感傷的になっている場合ではない。


「さて、クラウとトールはどうしただろう……」


 救援を呼びに撤退した二人が、絶対に安全であるという保障はないのである。歩あの魔物と遭遇したりすれば、最悪命を落とすこともあろう。


 そう思い、二人の後を追おうとしたところで、遠くからこちらの名を呼ぶ声が聞こえた。


「ディクス~! 無事~!?」


 この声はクラウか。どうやら、無事教員たちとの接触に成功し、救援を呼んで来てくれたらしい。


 声のした方に顔を向ければ、トールもそろって、こちらに向って走ってきている最中だった。


「思いのほか大丈夫そうだな――って、すげぇなこいつは……」


 倒れているワイバーンが視界に入ったようで、トールは目を丸くしている。


「助けは必要なかったみたいだな?」

「まぁ何とか、ね」


 まだ肩で息をしているクラウも、危険は去ったと察したようで、手にしていた聖剣を解いた。


「何よ、全然大丈夫そうじゃない。全力疾走して損した……」


 そっぽを向いてはいるが、かなり心配してくれていた様子。これはあとで礼の一つもした方がいいかも知れない。もちろん、言葉だけでなく、感謝の品も一緒に添えて。


「こいつはお前がやったのか?」


 次に声をかけて来たのはネフェル先生だ。質問というよりは確認といったニュアンスだが、どちらにせよ答えは一つしかない。


「はい。俺がやりました」


 まだ解いていないこちらの聖剣に目をやったネフェル先生は、それぞれの聖剣を順に見やってから、再び声をかけてくる。


「以前のような暴走ではないようだな。今回はだいぶ理性が働いているように見える」

「そうですね。今回は力を使っている時も意識ははっきりしていましたし、聖剣を扱う感覚も、だいぶ掴めた気がします」

「……それが本当なら、残りの実習時間でそれを示して見せろ。誰も見ていないところで力を使っても、評価の対象にはならないからな」


 さすがは校外実習と言ったところか。この程度のアクシデントでは中止にならないようだ。


 クラウは少し物言いたげではあったが、ここでケチをつけたところで、自身の評価が下がるだけだとわかっているらしく、口をつぐんだまま。


 全員生きているなら他のことは気にしないと態度で示しているトールも合わせれば、実習継続に反対する者は、この場にはいない。


「それじゃあ、俺様はゴール地点に戻る! お前らは教員が配置に戻るまで五分間待機ののち、実習を再開するように!」

「「「はい!」」」

「クラウたちから聞いたワイルドボアの出現の件も含め、今回のことは後日改めて話を聞く! それまで他の生徒にはこの件に関して何も言うな!」

「「「はい!」」」

「よ~し、いい返事だ! それじゃあ待機に入れ!」

「「「はい! 待機に入ります!」」」


 そうして、元も持ち場に戻っていく教員たちを見送り、残った三人は休めの姿勢で静かに待機する。


 待機とは休憩ではないので、その間に気を抜くことは許されない。とは言え、教員の目がないとなれば、段々と気が抜けてくるのは、学生としては自然なこと。


 教員たちの気配が消えて一分もしないうちに、トールは脱力して、その場に座り込んでしまった。


「だ~っ! ジッとしてるのは性に合わねぇ~!」

「おいおい、いくら何でも堪え性がなさ過ぎだろ……」


 休めの姿勢のままトールに声をかけるが、トールはどこ吹く風と言ったところ。


 一方、真面目なクラウは私語厳禁の決まりもきちんと守っているので、トールのおこないに、注意をする素振りも見せない。ただただ、我関せずと言った具合で、静かに目を閉じて待機している。


「それにしてもよ! ワイバーンを一人で倒しちまうなんて、一年としては快挙なんじゃないか?」


 確かに、同じ一年生でそこまでの戦力を有している生徒が他にいるという噂は聞かない。


 学年第二位に君臨しているクラウでさえ、単独ではまだワイバーンには太刀打ち出来ないのだから、それももっともな話ではある。


「仮に学園側から評価されても、それが厄介ごとの種になる可能性の方が高いと思うけどな」

「まぁ、やっかみは受けるだろうさ。特にお貴族様連中からは、な」


 学園に在籍している生徒は、身分で区分けされている訳ではないが、それ故に、貴族側からは反発の声もあるという。


 上流階級の人間ほど血筋を気にするので、その辺の町や村から入学してきた生徒には、上から目線で接することばかり。


 クラウはそういったことを気にしていない様子だが、それはあくまで彼女個人の見解であり、オーディスティルン本家の方が心中でどう思っているのかは、あまり想像したくない部分だ。


「ガルマの奴も、裏では貴族連中の一人にいいように使われてたみたいだし。もしかしたら、そのうちその本命の方が何か仕掛けてくるかもな」

「それに関しては面倒だから、あまり考えたくない……」


 極貧の村の出であるディクスにとっては、出自問題は頭の痛い話。騎士総長の弟子と言っても、肝心の師匠の方があまりいい噂を持っていないので、頼ることもままならない。


 考えなければならないことはいろいろとあるが、今は実習に集中して、少しでもいい評価を貰えるよう努力することしか、することはないだろう。


 そんなこんなで、トールと他愛のない話をしつつ、時間になってクラウが目を開くと、誰も何も言わずに、実習へと戻る。


 この先もやたらと強力な魔物に出くわすことになったが、ある程度能力が使いこなせるようになったディクスの前では、ものの数ではなく。結果として、この実習においての最高評価を得ることに成功したのだった。

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