第十二話 何故か強敵ばかりの森
最初に遭遇した魔物は、身の丈だけでもこちらの五倍はありそうなサイズの巨大なイノシシ型の魔物だった。
二本の鋭い牙と、黒くて棘のように硬い毛皮が特徴的な、ワイルドボア。この森に生息する魔物の仲では、割りと大型で、好戦的な魔物である。
「おいおい。このレベルの魔物は間引き対象じゃないのかよ」
真っ先にワイルドボアの視界に入ってしまったトールは、ワイルドボアから視線を外さずに、こちらに注意を促した。
ワイルドボアは、通常のイノシシが、魔素の影響で魔物化したものだが、流石にこの個体はサイズが大き過ぎる。
巨大化の割合は取り込んだ魔素の量に比例すると言われているが、このサイズになるほどの魔素が、この森に合ったとは考えにくい。
とは言え、こうして遭遇してしまった以上、放置する訳にも行かず。魔物を前にして逃げたとなれば、
となれば、ここは三人で力を合わせて討伐するのが、この場合の最適解であろう。
「トールは、そいつの注意を引いて! ディクスは左サイドに回って足を集中攻撃! あたしは逆サイドに回る!」
素早く指示を出し、最後方から右方向に迂回を始めたクラウ。
トールがワイルドボアの注意を引こうと、先陣を切って踊りかかったのを見届けてから、こちらも行動を開始した。
イノシシ型である以上、突進攻撃には注意が必要。トールがそれを真正面から受け止められるかもわからない状況ではあるが、側面からの攻撃が可能であるのなら、それに徹した方が勝率が高いというのは、クラウもわかっていての指示だろう。
左サイドに回りつつ、手早く聖剣を練成するディクス。
言われた通りにワイルドボアの足を狙うが、骨太で頑丈な毛皮に、フェーズⅠの聖剣では歯が立たない。流石に折れてしまうということはないものの、ダメージが入っている感触は、これっぽっちもなかった。
一方クラウの側は、聖剣ガルディエルの生み出した炎と合わせて、ワイルドボアの足を焼き斬っている様子。
これには、さすがのワイルドボアもたまらないようで、もんどりうってその場で転げる。切断とまでは行かないまでも、ガルディエルの付けた足の傷は大きく、かなりのダメージを与えているように見えた。
「今よ! 腹部を集中攻撃!」
相手が倒れてしまえば、無防備になった腹の部分への攻撃が可能。背中に比べて比較的毛皮の薄い腹部であれば、フェーズⅠの聖剣でも、それなりのダメージを与えることが可能だろう。
とは言え、ワイルドボアはこちらに背を向けて倒れているので、一度反対側に回り込まなければならない。
のた打ち回る相手のすぐ傍を通る訳にも行かないので、大きく回り込むしかないのだが、それではあまりに時間がかかり過ぎる。
そこでディクスが考えたのは、複数の聖剣の刀身を上にした状態で練成し、のた打ち回っているワイルドボアの動きを利用して、追加のダメージを与えようという作戦だ。
これならば、自分が動かなくても攻撃が可能で、かつ、人間よりも遥かに強い力で、相手の身体が聖剣の刃に触れることになる。
ここで必要なのは、聖剣の強度。
のた打ち回るワイルドボアの巨体に押し潰されない、頑丈な聖剣を練成しなければならない。
ディクスは深く、深く、自分の内面に集中し、練成する聖剣をイメージする。
刀身が長い必要はない。倒れた状態で暴れるワイルドボアに、効率よくダメージを与える形状であればいいのだ。
よって、今回錬成すべきは、半月状の刃を持った、短めの聖剣。相手の重さで折れないように、刀身は分厚めで、刃の鋭さよりも耐久性を意識する。
こんなこともあろうかと、ディクスは過去に存在した聖剣に関して、いろいろと資料を読み漁っていた。
強い聖剣の錬成に必要なのは、より細かいイメージ。作り込まれたイメージは、
過去に存在した聖剣のイメージを素にすれば、自分で一から考えるよりも遥かに早く、より詳細なイメージが可能。そうすることで錬成速度を担保しつつ、より強い聖剣を錬成出来るようにしたのだ。
「これでどうだ!」
半月状の短めの刀身に、ギザギザした突起のある刃。
エウリオラ王国の更に東。海を隔てた向こうにある大陸の中泉共和国出身の
それを、ワイルドボアの真下に満遍なく、計十本練成し、発現させる。
苦悶の声をあげるワイルドボア。地面に付いていた左半身が、新たに現れた聖剣でずたずたに引き裂かれたのだから、無理もあるまい。
「ナイスだぜ! ディクス!」
傷ついた腹部からは大量の血が噴出し、辺りを血の海に染めていく。これだけの巨体なのだから、流れ出す血液の量も相当なものだ。
あまりうかうかしていては、こちらも流れ出た血液に足を取られて、身動きが取りづらくなってしまう。
すぐにそれに気が付いたクラウは、隣にいるのであろうトールに指示を出す。
「トール! 決めるわよ!」
「おうさ! 行くぜ~!」
重量級のトールの聖剣ドランテスの一撃と、灼熱のクラウの聖剣ガルディエルの一撃の同時攻撃。それをまともに受けたワイルドボアは、断末魔の声を響かせてから、ピクリとも動かなくなった。
緊張を解かずに、様子を伺う。
確実にとどめを刺すまでは気を抜くなという教え通り、相手が完全に息絶えたことを確認してから、ようやく三人で一息ついた。
「かぁ~っ! 一時はどうなることかと思ったが、何とかなったな!」
「トールが最初にこいつの気を引いてくれたからよ。それに、ディクスの追い打ちもよかったわ。倒れたこいつの下にこんなえげつない形状の聖剣を置くなんて、よく考えたわね」
「俺は俺にやれることをやっただけだよ」
先程までの緊張感はどこへやら。
協力して強敵を打ち倒したことで連帯感が生まれたのか、三人ともお互いに顔を見合わせながら、声を上げて笑う。
こんな晴れやかな気分は、もしかしたら学園に入学してから初めてかもしれない。この調子で活躍の場が増えていけば、或いは学園内における自分の悪評も打ち消せるのではないか。
最初に思っていたよりも、もしかしたらずっと早く、その状態に至ることが出来るのではないかと、思わず過剰な期待をしてしまうほどだ。
が、それがいけなかったのだろう。
「勝って聖剣を構えよ」というのは、勝利を収めた時こそ最大の油断となり得るので、むしろ注意せよという、アルサンドラからの教えであるが、今がまさにその時だった。
上空に現れた、巨大な影。
羽ばたく
前肢が翼となっているので、ドラゴンとは呼ばれないものの、間違いなく、今のメンバーで対処するのは不可能と断言出来る相手。すなわち――。
「ワイバーン!?」
ワイバーンの紫の瞳がこちらを捉えている。
鋭い眼光は、今にも踊りかかってきそうな殺気を孕んでおり、ただ狩りをしに来たようには見えない。
明確に、こちらに対する敵意が見て取れた。
それが何故なのかは、当然わかる訳もないが。敵意を向けられているということは、逃げれば済むという話ではないということを物語っており、全滅の二文字が、白い紙に落とされた黒のインクのように、拭えない染みとなって脳裏に焼きつく。
このままでは、自分たちは死ぬ。
その未来予想だけが、今まさに、ディスクたちの足を竦ませ、絶望の羽音をただ耳にするしかなかった。
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