第十一話 校外実習
校外実習当日。
朝一で森の入り口に集まった一同は、ネフェル先生から実習の詳細の説明を受けていた。
夏が目前とは言え、朝方はまだ冷える森の入り口。ともすれば身体が震えたり、くしゃみの一つもしそうほどだが、そんなことをしようものなら、ネフェル先生からお叱りの言葉をいただくことになるのはわかりきっている。
誰もが、凍えるような気温の中、必死に姿勢を正し、静かにネフェル先生の説明を聞いていた。
実習で立ち入っていい範囲、立ち寄らなければならないチェックポイント、最終目的地などの情報を順に挙げていくネフェル先生の姿は実に堂々としていて、この瞬間に限っては実に教員らしく見える。
「今回の実習の目的は魔物との実戦だ! 実習に使用する範囲には、未熟なお前らでも対処可能であろう程度の魔物しか残らないよう間引きをしてある! それでも命が惜しい奴は今の内に名乗り出ろ!」
さすがに、この期に及んで名乗り出る者はいない。
むしろ、やっとまともな実戦が出来ると息巻いている生徒が多いように見受けられた。
自分もそれに続きたいところだが、今日までの訓練で複数の聖剣の同時錬成が実戦可能レベルに達していないのは目に見えている。
比較的短時間で、安定して錬成出来る聖剣の数は、せいぜいが五本。錬成が出来るだけでそれを自由に飛ばすところまでは行っていないのだから、戦力として数えてもらうのもままならない。
以前のガルマのように、あからさまにディクスをあざ笑う者はいないものの、決して周囲からの評価が上がった訳ではない現状。
それを打破して見せろと言っていたクラウも、今は何も言って来ないでいる。
(……せっかくグループを組んでくれたって、足を引っ張るばかりじゃしょうがないじゃないか)
確かにこの身体には、閃光竜の魔核のおかげで、無尽蔵とも言える
純粋な剣技だけなら、他の生徒より数段上なのに、聖剣が弱いばかりに、戦力としては認められない。それを歯がゆく思いつつも、こうして実習当日を迎えてしまったのだから、今は目の前のことに専念する他ないだろう。
「よ~し! それじゃあ、各グループ位置に着け! 合図の笛が鳴ったらスタートだ!」
自分達のグループのスタート位置は、今の場所から東に百メートルほど移動した地点。合図の笛が鳴ったら、底場所から森に入り、最初のチェックポイントである森の南にある泉に向うこととなる。
時間を競うものではないが、スムーズに魔物を倒して進行すれば、自ずと時間は短くなるので、そこは実技評価の加点となるとのこと。
クラウとトール。二人の足を引っ張らないためにも、自分も奮戦せねば。
「何ぼさっとしてる訳? 行くわよ」
クラウから声がかかったことで、ようやくネガティブな意識の牢獄から舞い戻ることが出来たディクス。
周りを見ると、クラスメイトたちは、それぞれのグループに分かれて、スターと地点に向けて移動したあとだった。
「ああ、ごめん。今行くよ」
決して小さくない不安を抱えつつ、先を行くクラウの背中に続く。
「まぁ、そんなに気負うなって。これは個人実習じゃないんだ。何かあってもグループの連帯責任、ってな」
場の空気を盛り上げようと、明るく振舞ってくれているトールにも、頭が下がる思いだ。
「サンキュウ、トール。でも、二人の足手まといになるのはごめんだから、俺もがんばるよ」
「……そうか? まぁ、やる気があるのはいいことだと思うが。無理はするなよ?」
トールは一見ただの脳筋だが、これでも細やかな気遣いが出来る兄気質である。何でもたくさんの姉や弟に囲まれて育ったから、自然とそうなったとのこと。
貧しい村の出で、しかも一人っ子であったディクスからすれば、想像もつかない世界。
アルサンドラに拾われて騎士団で生活するようになってからも、自分は常に最年少で、面倒を見る相手なんていなかったのだから、トールのことが多少大人びて見えても仕方がないのかも知れない。
「大丈夫だよ。俺だって
それを聞いたトールは、こちらの心情も汲んでくれたようで、すぐにいつものただ前向きな彼に戻った。
「よ~し! そうと決まればゴールには一番乗りしようぜ! スピード勝負でないとは言え、こっちにはクラウがいるんだ! それだけで相当なアドバンテージだろ!」
血筋だけでなく、才覚にも恵まれたクラウ。確かに、クラストップの戦闘能力を誇る彼女がいれば、それだけで戦力としては充分と言っても過言ではない。
ただし、彼女に任せ切りになれば、グループとしての評価は最低値。森のどこかに潜んでいてこちらを監視しているらしい学園スタッフの目を誤魔化せるはずもないので、ぜひとも自身も活躍の場を設けたいところだ。
「ディクスはともかく、あんたはちゃんと戦いなさいよ。そのでかい図体は飾りな訳?」
「まさか! 俺の筋肉は魔物の攻撃すら弾く――はずだ! あとは俺のドランテスで真っ二つにしてやるさ!」
「でかいのが身体と口だけじゃないといいわね?」
「さすが、オーディスティルンのお嬢様は態度も大きいな! 大丈夫だ! とりあえず前衛は任せてくれ! 最悪、壁役くらいは出来るからな!」
誰が相手でも物怖じしないのはトールの美徳であるが、あまりクラウとの相性はよくなさそうである。
ただでさえ身体だけでなく声も大きい男なのだから、女性からしたら圧迫感すら覚えるに近いない。
が、そこはやはり人間が出来たクラウのこと。トールの態度にも、特に引いたり、イラつくような素振りを見せず、「あらそう? なら任せるわ」と、そのまま彼を従えてしまう。
「あたしが後衛を務めるから、ディクス、あんたは中衛よ」
自分に与えられたのは、要はあまり物の位置だが、近距離攻撃に特化したトールが前衛で、遠距離攻撃もそつなくこなすクラウが後衛なのは当たり前。
そこに、今のところどっち付かずな自分が中衛と言うことなら、よい采配をしたと言われるほどのものではない。
もし例の能力を使いこなせるのだとしたら、全く評価は変わってくるだろうが。
「トールが相手を足止めしてくれれば、その間に攻撃するくらいは出来るでしょ?」
あまり期待されていないのか、それとも、数は少なくとも複数の聖剣を上手く生かすことを想定してくれているのか。
直接聞いて前者だった場合の気分の落ち込みが怖いので、そこに踏み込むことをせず、ディクスは大人しくトールのうしろに位置取る。ここはクラウのことを意識し過ぎずに、今出来る最善を尽くすことに注力した方が今後のためになるかも知れない。
今回の実習での自身の目標を定めたタイミングで、ちょうど実習開始の笛が鳴り響いた。
それぞれのグループが、我先にと、木々の間に飛び込んで行く。
それに遅れまいと、トールも雄叫びを上げて、前進を始めた。
勢いだけならば、間違いなくクラスメイトの中で一番だろう。早くあとに続かなければ、置いて行かれてしまいそうなほどである。
不安を払拭し切る前だろうが何だろうが、ここは足を動かす他あるまい。
消して軽くない不安を抱えつつ、ディクスは森へと飛び込んだ。その先にあるであろう苦難に、押し潰されてしまいそうになりながら。
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