第十話 グループへのお誘い
現れた聖剣は、やはり一本一本微妙に形が違う。同じイメージで練成しているのに、どうして差異が出るのか。謎は深まるばかり。
それでも、十本まとめて錬成出来たという点は確実な進歩だ。
「よし。それじゃあ、今の聖剣はそのままで、プラス十本だ」
「はい!?」
ネフェル先生のまさかの一言に、思わず集中力を切らしてしまい、十本の聖剣は解けてしまう。
当然、それをネフェル先生が快く思うはずもなく。おもむろに距離を詰めてきた彼女に、聖剣の刀身の腹の部分で、頭頂部を強打された。
「バカもんが! 誰が聖剣を解いていいと言った!」
「で、でも先生――」
「言い訳するな! 気合が足りん! そこに直れ! その根性叩き直してやる!」
自らの聖剣を構えて、すぐさま攻撃してきたネフェル先生。
咄嗟に聖剣を一本錬成して応戦しようとするが、フェーズⅢに達した聖剣に、フェーズⅠの聖剣で太刀打ち出来る訳もない。
こちらの聖剣は、まるで小枝を払い除けるかのような軽い一振りで、真っ二つにされてしまった。
と、そうなれば、続く一撃が本体に向うのは言うまでもないこと。ネフェル先生が繰り出した鋭い刺突が、眼前に迫った。
(これは、
いくら相当量の鍛錬を積んできたとは言え、一人前の
教員を務めるほどの逸材ともなれば、並みの
が、それは目前にして、大きく弾かれ、軌道をずらした。
おかげで右目は無傷のまま。
冷や汗を垂らしつつ、割って入った人物の背に目を向ける。長くてサラサラの赤い髪が、それがクラウであることを如実に物語っていた。
「……どうして、こう。この学園の先生方は、みな加減を知らない訳?」
たぶん彼女の脳裏に映っているのは、保険医のマリエラ先生だろう。
クラウはクラウで結構な気にしいなので、先日のことを根に持っているらしい。
「クラスメイトを庇い立てするのはいいが。クラウディア。そういうのは、そいつのためになんねぇ~ぞ?」
「片目が潰されたら、それこそ彼のためになりません。それくらいわかるでしょうに」
クラウが厚意で庇ってくれているのはありがたいこと。
しかし、こう何度も庇われてしまっては、英雄になるにはほど遠い。
惨めな気分とまでは行かないまでも、それなりに精神への負荷がかかることには違いなかった。
「彼は、これまでの
「何だよ。オーディスティルンのお嬢様は、そいつがお気に入りってか? 盛るのは構わねぇ~が、さっさと妊娠して中途退学だけは勘弁してくれよ? 監督責任問われるのはこっちだからな」
「――なっ!?」
クラウが動揺したのが、背中越しでもよくわかる。
恐らくだが、彼女は顔を真っ赤にして、目を泳がせているに違いない。
「あ~あ。白けちまった。やめだ、やめ。目の前で
聖剣を解いたネフェル先生は、後頭部で手を組んで、その場を去ろうとする。
が、何かを思い出したのか、すぐにこちらに向き直って、一言こう添えた。
「学園からの連絡事項だ。三日後の実技は、校外の森に入っての実戦を行う。それまでに各自、三、四人のグループを作っておくように」
まだ実技の時間は残っているが、完全にやる気をなくした様子のネフェル先生は、そのまま実技演習場をあとにしてしまう。
残されたクラスメイト一同と、耳まで真っ赤になってその場にへたり込んでしまったクラウ。そして、彼女に何と声をかけるのが正解かわからないディクスは、苦し紛れに後頭部をぼりぼりとかくのだった。
実技の時間が終了する頃には、何とか冷静さを取り戻した様子のクラウ。
ディクスは相変わらず声をかけられずにいたが、三日後の校外実習に備えて、グループを作る必要がある。
先の事件以来、いじめが下火になったとは言え、まだまだクラス内では浮いている自分が誰かとグループを組もうと思ったら、頼れるのは友人のトールと、親切にしてくれていたクラウだけ。
二つ返事でグループを組むことを了承してくれたトールはともかく、ネフェル先生とのあのやり取りのあとだ。クラウには慎重に声をかけなければ、最悪、参加してくれない可能性もあるだろう。
言葉選びを誤り、それが彼女の癇に障れば、それ以降の関係にもひびが入りかねないのだから、ここは正念場と言って差し支えないと思われる。
そういう訳で、昼休憩の時間にクラウに声をかけることにしたディクス。昼を告げる鐘がなり、クラスメイト達が教室を続々とあとにする中、最後まで座学後の片付けに勤しんでいる彼女の横に立った。
「手伝うよ」
「……ありがとう」
少し間があったものの、口を利いてくれないと言うことはないらしい。
とりあえず、二人がかりで、教員が使った教材などを手早くまとめ、持ち運ぶ用の箱の中に収めていく。
その間に、ちらりとクラウの顔色を伺って見るが、目が合いそうになるとふいっと逸らされてしまった。それがたまたまだったのか、彼女の意図したものなのかは、自分では判断出来ない。
それでも、それまでとはほんの少し違う、妙な緊張感があったのは間違いなくて。
なかなか本題を切り出すことが出来ない。
「手伝ってくれてありがとう。運ぶのはあたしがやるから、あんたは食堂行ったら?」
そうこうしている内に片付けが終わってしまい、クラウが箱を持って立ち去ろうとしてしまう。
「あ……」
「……何よ」
思わず声を出して引き止めてしまったが、この雰囲気の中でストレートに誘ってしまっていいものか。
彼女は意図して表情を正しているのか、その内にある心境までは窺わせてくれない。
この辺りは、さすが女性と言ったところ。アルサンドラの部隊に世話になっていた頃に散々教えられた。女性は本心を隠すのが上手いから、男はそれを上手く汲み取ってやらなければならない、と。
が、何もわからない状態で駆け引きなど、するだけ無駄。クラウに当てはまるかどうかはわからないが、少なくともアルサンドラ相手ではそうだった。
下手に駆け引きに走るより、素直に自分の気持ちを伝えるのが、いい方に転ぶこともある。なので、ここは自分の気持ちを相手に伝えることを優先するべきだろう。
「クラウ、頼みがあるんだ。今度の校外実技、俺とグループを組んでくれないか? もう一人はトールに頼んでるんだけど、それだけだと人数が足りないから……」
まず一番伝えたい核心の部分を伝え、続けてその理由を付け足す。これはアルサンドラと言うよりは、彼女の部下たちから教わった交渉術だ。
こうすることによって、話す内容がシンプルかつ伝わりやすくなり、相手が理解しやすいのだとか。これで上手く行く保証はないものの、少なくとも真摯な思いは伝わるはず。
「……あんた、本当に友達少ないのね」
「まぁ、今までが今までだったから」
クラウは少し考え込むような素振りをしてから、身体ごとこちらに正面を向けて、こう言った。
「組むのは構わない。でも、組むからには、ちゃんと戦力になってもらう。成績を落とす訳には行かないから。それに……」
しかし、そこで言葉を切られては、彼女の真意が伝わらない。なので、先を促すように、ディクスは口を開く。
「それに?」
こちらに伝えるべきか迷っているのか。彼女の口は重たそうに見える。が、クラウは自らその
「ここであんたが活躍して見せれば、周りの連中の鼻を明かせるでしょ?」
それは実に、負けず嫌いな彼女らしい一言。
ディクスはくすりと笑って、右手を差し出した。
「そう言われると、俄然やる気が出てきたよ」
「そう。あんたに負け犬根性が染み付いてなくてよかったわ」
クラウが伸ばしてきた右手を掴み、握手を交わす。
これでグループは出来た。
あとはチームとしての錬度を高めるための自主訓練の時間を設ければ、それなりの成績を残せるはず。
問題は、それまでに複数の聖剣錬成のコツが掴めるか否か。今のようなのんびり速度の錬成では、実戦では役に立たない。
より早く、より的確に、必要な本数の聖剣を練成し、それを扱えるようにならなければ。
ディクスの胸中に、やる気が満ち溢れる。
どちらにせよ、出来るようにならなければ、この学園での居場所はないし、その先に続く
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