第九話 無理も通せば

 とりあえず二本目の聖剣は錬成出来た。


 となれば、あとはこれを使いこなさなければならない。


 要は二刀流だが、生憎とそんな技術は持ち合わせていなかった。当然だ。そもそも聖剣錬成士ソードブリードとは、一本の聖剣を鍛え上げて戦うものなのだから。


 当然だが、アルサンドラの下で受けた剣技指導も、聖剣は一本であることが前提。これまでの人類史上、複数の聖剣を練成した者などいなかったのだから、当たり前と言えば当たり前の話だ。


「おい、ディクス。その聖剣、例の事件の時みたいに飛ばせるか?」


 言われて、ディクスはおぼろげな記憶を呼び覚ます。


 確かにあの時は、無数の聖剣が宙を舞い、ガルマを攻撃していた。あのような使い方が出来るのならば、聖剣を何本練成したところで扱いには困らない。慣れない二刀流に手を出す必要もなくなる。


 とは言え……。


「えっと、聖剣を飛ばすってどうやるんですか?」


 剣が空を飛ぶなどというイメージは、そもそもしたことがないのだ。イメージ出来ないものが実践出来る訳もない。


「それを、こっちが、知りたいんだよ!」


 ネフェル先生はこちらの言葉にご立腹の様子だが、出来ないものは出来ないのである。


 今、剣を飛ばすのに取り得る手段としては、思い切り剣を放り投げる他にない。しかし、それでは自ら武器を捨てただけで、戦闘行為にならないのだから、実行する理由にはならないだろう。


 例えば弓を使って矢の要領で遠くに飛ばすにしたって、それは弓があって初めて成立する動作。弓が用意出来ない現状では、考えるだけ無駄だ。


 ならば自分は、あの時どうやって、聖剣を自在に操っていたのか。


 考えても答えは出ない。


「……飛ばせないならいい。代わりにもっと聖剣を練成してみろ」

「はい?」

「先の事件から推察される、お前の創剣気ソーディウムの保有量なら、最低でも同時に十本は出せるはずだ」


 同時に十本。そんな錬成が、本当に可能なのだろうか。


 しかし、先の事件の際はそれくらいを当たり前にこなしていたことを考えれば、無理と言うことはないはず。


 要は、あの時の感覚さえ掴めれば、再現することも可能なはずなのだ。


「ディクス。お前は模擬戦に参加しなくていい。とにかく聖剣を練成し続けろ」

「え、そんな――」

「あんな戦い方の記録を見せられて、一般的な模擬戦やらせたってしょうがないだろうが」


 それを言われると返す言葉がない。


 確かに無数に聖剣を練成する能力も、それを飛ばして使うという戦い方も、歴史上には存在しないのだから、普通の模擬戦を重ねたところで、実戦に向けた鍛錬にならないと言われれば、まさしくその通りである。


「でも同時に十本なんて……」

「つべこべ言わずにやれ! 話はそれからだ! 返事は「はい」か「イエス」の好きな方を選べ!」


 何でこの人は教師になれたのだろうか。見た目もそうだが、素行は荒いし、口調は乱暴だし。大よそ、人にものを教えるのに向いているとは言い難い。


 などと彼女の人間性の評価をしていたのがまずかったのだろう。僅かな沈黙を否として受け取ったのか、彼女はより声を張って、高らかに叫んだ。


「返事はどうした、ディクス!」


 その声量たるや、遠くに配置された同級生が米粒くらいに見えるくらいに広い訓練場の、端から端まで届いてしまうほど。


「は、はい!」


 勢いに気圧けおされ、思わず返事をしてしまったディクス。


 意識しての返事ではなかったとは言え、ネフェル先生を前にして、やらないと言う選択肢は取れない。


 であれば、例え無理だと思っていても、それを通さなければならないということ。


 ともあれ、他のクラスメイトたちが模擬戦を再開してしまえば、残された自分は、先生の言いつけ通り、聖剣を練成し続ける他ない。


 片手を上げて、「悪ぃな!」と言外に伝えてきたトールに、文句の視線を投げかけつつ、三本目の聖剣の錬成にかかった。


(とは言え、三本目なんてどうすれば……)


 既に左右の手には聖剣が一本ずつ収まっている。三本目となれば、手に持つことも出来ない訳で。


 「練成しろ」と言われても、まるでイメージが湧かない。


 もちろん、手放した瞬間に聖剣が消えてしまうということはないものの、先に練成した聖剣を維持したまま、新しいイメージを重ねると言うのは、存外難しいものだ。


 前の二本のイメージを保ったまま、次の一本のイメージを同時に頭の中で展開することの難しさ。


 今までに誰もやったことがないので、誰にアドバイスが聞ける訳でもなく。


 「考えて答えが出ない問題を考えるな!」というアルサンドラの教えに従い、とりあえず新しい聖剣のイメージを膨らませることにする。


(くっそ……。頭が爆発しそうだ……)


 平行して複数のイメージを同時に展開するなど、今までに経験がないので、上手く行く訳がない。三本目のイメージを膨らませていたはずが、気付けば最初の二本の聖剣が解かれてしまっていた。


「お前ふざけてるのか? 最初の二本を解いてどうする! やり直しだ!」


 自らの聖剣を地面に突き立て、その上で両手を組んでいるネフェル先生は、やる気満々の様子。


 ちなみに彼女の聖剣の属性は風。当人の適正ランクはBだったらしいが、それでも、所有している聖剣はフェーズⅢに達しているという凄腕の聖剣錬成士ソードブリードだ。


 草原を吹く風を連想させる淡い緑の刀身に、滑らかな曲線を帯びたつばの装飾。全体的に細身だが、確かな存在感を放つそれは、新入生たちにとっては憧れであり、目指すべき目標でもある。


 それはディクスとて例外ではない。


 強い聖剣を錬成出来ると言うことは、聖剣錬成士ソードブリードとして優れているということの証。


 「いつかは自分も!」と思ってはいるが、どうやら自分の才能はその道からは外れている様子だ。


 フェーズⅠの聖剣を複数本同時に錬成出来るという前代未聞の能力は、自分にとって強みとなるのか、それとも……。


(しっかし、やり直しと言われてもな~)


 聖剣の錬成には、集中力とイメージの保持力が必要となる。


 フェーズⅡになって聖剣が名前を得れば、名前がイメージ発起の一因となり、錬成がしやすくなると言うのだが、こと自分に当てはめて考えると、フェーズⅠのままである時点で話にならない。


 そもそもが、今までに一本たりとも同じ形状の聖剣が錬成出来ていないのだから、イメージの保持が著しく難しい状態だ。


 たまたま出来上がった聖剣のイメージを保ちながら、次の聖剣のイメージを膨らませるのが難しいというのは言うまでもなく。それが三本、四本と増えていけば、難易度が格段に上昇するのは当たり前の話。


 この場で「聖剣十本を練成して見せろ」など、もはや無理難題を押し付けられているに等しい。 


 それでも、傍でネフェル先生が睨みを利かせている状況で、「出来ませんでした」では済まされないのは道理でしかなく。


 頭の中で、イメージの中のアルサンドラが、「こんなことで逃げ出すのか?」と不敵な笑みを浮かべているとなれば、「何くそ!」となるのが自分という人間である訳で。


「ええい! やってやるわ!」


 覚悟が決まったディクスは、思考する。


 順番にイメージするのが無理なら、一遍に十本の聖剣を、あらかじめイメージしてしまえばいい。


 幸い、形状や属性など、細かい指定は出ていないのだから、とにかく数さえ揃えばいいのだ。


 必死に思考をフル回転させて、十本の剣を思い浮かべる。


 今までの経験上、どうせ出力される時に多少のばらつきは出るのがわかっているので、とりあえず、イメージの上では形状は同じでいい。


 思い浮かべるのは刀身が一メートルほどの、両刃の片手剣。出来る限りデザインはシンプルに。剣として最低限の機能が備わっていればいいだろう。


 刀身、つば、握り、そして柄頭つかがしらと、順にイメージを固めて行き、同じものを十本。


 それらを横一列に並べ、自分の正面に配置し、創剣回路ソードサーキットを稼動させて、錬成を開始する。


 イメージを損なわないよう、ゆっくりと、慎重に。


 剣の切っ先から入って、刀身、つば、握り、柄頭つかがしらと、創剣気ソーディウムを編み上げていく。


 時間にして二、三分と言ったところか。


 たっぷりと時間をかけて練成した十本の聖剣は、見事に完成し、その場に姿を現した。

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