第二章 最弱の使い方

第八話 創剣気《ソーディウム》の総量と使い方

 あまりにも早朝に起こされたため、授業中にもかかわらずあくびをしてしまったディクス。


 そんなディクスの仕草に呆れたのか、彼の数少ない友人であるトールは構えを解いて、ディクスの背丈ほどもある聖剣を肩に担ぐ。


「おいおい。模擬戦中にそれはないんじゃないか?」


 トールバッツ=ベイル。ディクスの同期で、年齢は十九歳。地方の商人の家の生まれで、聖剣錬成士になるべく、親の反対を押し切って、王都に上京してきたとか。


 ガルマを凌ぐほどの身長と、がたいのよさ。新入生はおろか学園中を見渡しても、トールほどの体格の持ち主はいない。


 短く切り揃えられた茶色の髪は、重力に逆らうように逆立ち、釣り上がった太めの眉と合わせて、彼の活発さを伺わせる。


「悪い。今日は早朝にいきなり叩き起こされたから、ちょっと寝不足なんだ」

「叩き起こされたって、誰にだよ」

「ネフェル先生」

「ちょ、おまっ……!? そんなのご褒美じゃんかよ! どういうことだ!?」


 あまり吹聴したい内容ではないが、相手がトールなら、話しても問題はなかろう。


 そういう訳で、先日の事件のことも含めて、事情をトールに伝える。


「あの校舎裏の惨状はそのせいか。お前がやったって噂にはなってるけど、どうやったのかがわからなかったんだよ。目撃者の証言を聞いても、にわかには信じがたかったしな」


 空いて左手を顎に添えて、トールは考え込むような姿勢を取った。


「にしても、無制限に出てくるフェーズⅠの聖剣か。もしそれが自由に使えたなら、それこそ歴史に名を刻むレベルだと思うけど……」


 トールは言いつつ、こちらを眺める。


「使いこなせてる感じは……、今のところないな」


 彼の言う通り。一度使ったはずの能力なのに、あれ以来、その力の一端も発現する様子はない。


 使えるのは、相変わらず一本きりのフェーズⅠの聖剣のみ。発動条件がわからなければ、持っている能力にも意味はなく、聖剣錬成士ソードブリードとして大成する訳もないのは道理。


 ネフェル先生は、追い込まれれば再現可能なのではないかと考えたようだが、本当にそれがきっかけだったのかも定かではないので、いろいろと検証する必要があるだろう。


「相変わらず腑抜けた聖剣しか錬成出来てないようだな」


 そんなタイミングで、横から会話に入ってきたのは、そのネフェル先生だった。


「おい、トールバッツ。そこ代われ」

「……代わるのは構いませんけど、あんまり俺の親友をいたぶらないでやってくださいよ?」

「心配するな。俺様だって教師の端くれだ。生徒を殺すような真似はしないさ」


 肩をすくめつつその場から引いて行くトールと、代わりに正面に立つネフェル先生。


 気心の知れた同期と、やる気に満ち溢れた教員とでは、前にした時の圧が段違い。それも、ネフェル先生は根っからの実戦派で、とにかく実戦の中で必要なことを吸収しろと豪語するタイプだ。


 これからおこなわれようとしているのが、稽古という名の地獄であるというのは、生徒の間では周知の事実。今朝方も、その一端を垣間見たばかりなのだから、噂は正しかったのだと、思わざるを得ない。


「とりあえず、ディクス。聖剣を錬成し直してみろ」


 手元に聖剣があるのに、わざわざ練成し直せと言うからには、そこにも何か意図があるのだろうと思い、ディクスは一度聖剣を解いて、新たに聖剣を練成する。


 そうして練成されたのは、先ほどの聖剣とは形の違う、少し大振りな聖剣だった。


「やっぱり形の違う聖剣か。前々から気にはなっていたが……」


 言われて見れば、確かに自分の練成する聖剣は、いつも色味や形が違う。どれもフェーズⅠの聖剣であることに変りはないし、あまり意識して来なかったが、これも先日の現象と何か関係があるのだろうか。


創剣気ソーディウムの消耗はどうだ?」

「……大して消耗している感じはないですね。これはいつも通りです」


 【創剣気ソーディウム】。聖剣を練成するのに必要なエネルギーのことだ。


 この創剣気ソーディウムを持たなければ、そもそも聖剣錬成士にはなれない。受験会場でクリスタルの発光度合いを見ていたのは、この創剣気ソーディウムの有無と、総量を量っていたから。


 つまり、創剣気ソーディウムの保有量だけみれば、ディクスは史上最高値のはずなのである。


「……つまり、普段から聖剣錬成時に、意図的に創剣気を多く使ってはいないということだな?」

「そうなりますね」


 確かに、今までに全力で創剣気を使ったという感覚はない。


「なら、一度全力で使ってみるってのはどうだ?」


 相手がネフェル先生でなくても、そういう方向に話が進むのは道理。今まで全力を出さずに結果が振るわなかったのであれば、全力を出してみろと、そういう話だ。


「全力で……。全力で、か……」


 言っていることは理解出来る。理解出来るのだが、どうにもそれを達成出来るという感覚が沸いて来ない。


 今までにも、そうしようとしたことはあった。しかし、そのたびに、何かに邪魔をされるように創剣気ソーディウムの流れが滞ってしまい、結局いつものように一本の聖剣しか錬成出来なかったのである。


 もし、自分の全力というのが、先の事件と関わっているのならと考えると、正直言って怖い。コントロール出来ない力ならば、使うべきではないとすら思う。


「先の事件のことを気にしてるなら、今回は心配ない。もし暴走するようなら、俺様が直々にお前を止めてやる」


 そう言った彼女の目は真剣で、ただの嫌がらせのようには思えない。


 であるのなら、ここは彼女を信用して、力を引き出すのに全力を注いでもいいのではないか。


「わかりました。やってみます」


 「スゥ」と深呼吸をして、血管のように全身に張り巡らされた創剣気ソーディウムの流れを意識する。


 身体の中心から肩を通して、上腕、そして前腕へ。


 右手には既に聖剣があるので、創剣気ソーディウムを向ける先は左手。右手の聖剣は下したまま、左手を前に掲げて、創剣気ソーディウムを放出する。


 左手から溢れ出す青白い光。熱量を持ったその光を束にして、練り上げ、凝縮し、剣の形状へと押し固めていった。


 問題はこの先。


 いつもならば聖剣錬成を終えてしまうタイミングになっても、創剣気の放出と凝縮をやめない。


 今までと同じなら、この辺りで妙な感覚に襲われ、創剣気を送り込めなくなるはず。


 だが、今回はその邪魔な感覚に教われることなく、むしろ今まで体験したことがないほど、スムーズに創剣気ソーディウムが溢れて来る。


(これなら行けるか!?)


 ディクスは精一杯の力を込めて、聖剣を練成した。


 これまでとは比べものにならない量の創剣気ソーディウムを使い、それを片手剣サイズに押し込めたのである。


 創剣気ソーディウムの密度で言ったら、これまでの聖剣の三倍、いや四倍と言ったところか。


 全力とはまだ程遠いが、それでも今までにない完成度の聖剣を錬成出来たはず。


「……これで、どうですか?」


 ディクスがふとネフェル先生の方に目を向けると、その他の多数の視線が、こちらに向けられているのがわかった。


 訓練場にいたクラスメイト全員が、こちらに視線を集中させていたのである。


「ディクス、お前……」


 トールの視線の動きで、ようやく、クラスメイトたちが何を見ていたのかが理解出来た。


 左手で練成された聖剣――ではなく、合わせて持ったままになっていた右手の聖剣。つまり、二本同時に錬成されて聖剣を、この場にいた全員が目撃していた訳だ。


 これにはネフェル先生も目をみはっている。


 彼女は、頬を伝った汗を、左手の甲で拭う。


「なるほど? これが全力とは思えないが、確かに興味深い能力だ」


 口元には小さな笑み。理由まではわからないが、彼女の中の何かに火をつけたのかも知れない。


 一方、肝心のディクスは、今までと何が違うのかは、理解出来ていなかった。


 創剣気ソーディウムの流れがこんなにスムーズだったことはなかったし、ここまで高出力で聖剣を錬成出来たことなどなかったのだから。


 が、確かに彼は使って見せたのだ。先日の事故を経て、初めて、意識的に複数の聖剣を練成する能力を。

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